オリヴの園２

聖研のイロハ：ロでも少し触れたところですが、断然、私は文語訳が好きです。文語調の文体もさることながら、口語訳・新改訳・新共同訳で翻訳を重視するあまり落とされている原文の単語をしばしば見かけるからです。法律学者をやっていますと、ついつい翻訳のときに落としてしまう原単語があり、後になってからその単語の重要性に気がつくという失敗を幾度となく繰り返しております。ですから、翻訳にはこだわりがあるのです（なお、詳しくは、拙稿「名訳 or 迷訳－輸入法学の宿命－（続・比較法文化としての比較法制度論）」横浜経営研究 Vol.18 No.1（1997年6月）72頁～81頁をお読みいただければ幸いです）。

たとえば、有名な受胎告知のシーンで、「どうしてそのようなことになりえましょう。私はまだ男の人を知りませんのに」と困惑するマリヤに対して、天使ガブリエルが、老いたエリサベツに現された奇跡を証拠にして、次のように言う場面があります（ルカ伝1:34-38）。「神にとって不可能なことは一つもありません」（ルカ伝1:37）。口語訳でも新共同訳でもほぼ同じ翻訳です。しかし、文語訳では、こうなっています。「それ神の言（ことば）に能はぬ所なし」。「ことば」という単語が訳出されています。原文では「レーマ（rema）」です（同じく「ことば」と訳される「ロゴス（logos）」と強いて訳し分けるならば、「神が実際に語ったことば」というニュアンスと考えてもよいでしょう）。文語訳のように訳したときにはじめて、「どうぞ、あなたのおことばどおりこの身になりますように」というマリヤの言葉（ルカ伝1:38）がより深く響いてくるのです。もちろん、常に文語訳が優れているわけではありません。しかし、なぜかしら、聖書のギリシャ語の並び方に似ているのが文語訳なのです。日本聖書協会から新しい版組で小型新約聖書（詩篇附・文語）が出版されています。どうです、皆さん。一度、文語訳聖書を読んでみませんか！

3章で信仰義認を説いたパウロは、ユダヤ人に対してこれを説明するために「アブラハムのばあいは、どうでしょうか」（ローマ書4:1）と話題を展開します。アブラハムはユダヤ民族のアイデンティティーそのものでした（マタイ伝3:9やヨハネ伝8:31-59を見ると、アブラハムをカリスマに仕立てていた当時のユダヤ人の感覚がわかります）。ところが、パウロは、アブラハムが神の御前で正しいと認められたのは彼の業績（行い）に基づいているのではない、と切り出します。まだ子ども（跡取り）がいなかったアブラハム（当時はアブラム）を星空の下に連れ出して、神は「あなたの子孫は数え切れない星のようになる」と約束をされます。それをアブラハムが単純に信じたとき、神は「それを彼の義と認められた」のです（創世記15:1-6参照）。パウロは言います。「何の働きもない者が、不敬虔な者を義と認めてくださる方を信じるなら、その信仰が義とみなされるのです」（ローマ書4:4）。アブラハムも、何の業績もないときに、不信心な者を一方的に正しいとされる神を信じたのだ、というのですから、アブラハムは不敬虔だったというに等しいことになります。ユダヤ人たちから強烈なブーイングが起こることは避けられないでしょう。そこで、ダビデが唯一の大失敗を犯したときの詩篇を引き、「ほら、信仰の巨人も同じことを言っているでしょう」と説得を図るのです（ローマ書4:6-8）。

しかし、ユダヤ人たちは律法を与えられたこと、割礼を与えられたことに安んじています。それならば、アブラハムが義と認められたときはどうだったのか。割礼は、神が再びアブラハムに現れて、「あなたは多くの国民の父となる」、つまり、全世界を相続するという契約を立てた後に、与えられたしるし（証印）でした（創世記17:1-14参照）。律法に至っては、アブラハムののち数百年が経った出エジプトにおいて与えられます。義と認められたアブラハムは、無割礼だったのです。ですから、世界の相続人となる約束は、割礼・無割礼の区別なく、恵みにより、信仰（信頼）に基づいて与えられると帰結するのです（ローマ書4:11-12&16。ここで原文は「not only 割礼・律法, but also 無割礼・信仰」という表現が使われています）。あなたたちは無割礼の者と同様に罪の中にあるが、アブラハムの残した信仰の足跡（模範）にしたがって歩むことにより、本物の世界の相続人となりうるのだと、パウロは、ユダヤ人を招くかのごとく、語るのです。

では、アブラハムの信仰の足跡とは何でしょう。ローマ書では、妻サラとの間に生まれる約束の子イサクの誕生の秘話が語られます（ローマ書4:17-22。なお、ヘブル書11:17-20とヤコブ書2:21-23には、もう一つの足跡が記されています）。およそ100歳のアブラハムと90歳のサラという超高齢の二人の間に子どもが自然のうちに与えられるという超自然！。自分たちの身体が死んだも同然であることを明確に意識していても、死者をも生かされる神の力と約束を信じて自然の営みを続けたこの老夫婦の信仰こそが、足跡だというのです。パウロはこの足跡を当時の、そして現在の私たちに（割礼・無割礼に関わりなく）適用して言います。私たちも「イエスを死者の中からよみがえらせた方」を信じている。その信仰（信頼）が義とされるのだ。そうです。生命の世界に生きるイエスは、人間の罪というパイプを通って（dia）地上から陰府（黄泉：よみ）に行き、そのイエスを信じる者を義と認めるというパイプを通って（dia）よみがえられたのです（ローマ書4:24-25）。まるで「蜘蛛の糸」（芥川龍之介著）ですね。でも、二つ違いがあります。一つは、蜘蛛の糸は切れましたが、イエスの通ったパイプは決して塞がれません。どんな地震が起こっても（鳥取県西部地震で被災された方に心からのお見舞いを申し上げます）、この生命への道は寸断されないのです。もう一つ、仏様は蜘蛛の糸をつたって降りてきてはくれませんでした。しかし、イエスはこのパイプを通って死の世界にまで行き、また天に帰られました。この確固たる足跡を残したイエスの存在を忘れてはならないのです。（つづく）

「それ神の言（ことば）に能はぬ所なし」（ルカ伝1:37）。この言葉は天使ガブリエルから発せられたものですが、もちろん神の言葉です。神が一方的に「神のことばには力がある」といったとしても信じられないと言う方もいらっしゃるでしょうね。神も第三者に証人となってもらうことができないのでお困りになったのでしょう。ヘブル書6:13では「神は、アブラハムに約束されるとき、ご自分よりすぐれたものをさして誓うことがありえないため、ご自分をさして誓い」と、私が神なのだから信頼しておくれ、と言わんばかりであるととることもできますね。Pocketでご紹介した最近の職員聖研の話題は、「金持ちが救われるかどうか」というテーマでした。そして、イエスとの問答ののち、悲しみながら立ち去った金持ちの青年に、イエスの言葉が果たして影響を及ぼしたのかが論点となりました。えてして、イエスの言葉の影響はなかったかのように読んでしまいがちな私たちですが、イエスの言葉も神の言葉です（な～めたらあかんぜよ！）。御言葉の先に、豊かないのちの実りが見える、あるいはその萌芽が見えることを確認した聖研でした。

「神の言葉には力がある」。聖書は高らかに宣言しているのです。私の大好きなイザヤ書55:9-11には、こう書いてあります。「天が地よりも高いように、わたしの道は、あなたがたの道よりも高く、わたしの思いは、あなたがたの思いよりも高い。雨や雪が天から降ってもとに戻らず、必ず地を潤し、それに物を生えさせ、芽を出させ、種蒔く者には種を与え、食べる者にはパンを与える。そのように、わたしの口から出るわたしのことばも、むなしく、わたしのところに帰っては来ない。必ず、わたしの望む事を成し遂げ、わたしの言い送った事を成功させる」。何という神の自信でしょうか。また、ヘブル書4:12は言います。「神のことばは生きていて、力があり、両刃の剣よりも鋭く、たましいと霊、関節と骨髄の分かれ目さえも刺し通し、心のいろいろな考えやはかりごとを判別することができます」。そして、イエスの言葉が神の言葉と同じく力があることについては、Ⅰコリント書1:18がはっきりと主張しています。「十字架のことばは、滅びに至る人々には愚かであっても、救いを受ける私たちには、神の力です」。聖書の言葉が愚かに思えたとしても、それを神の言葉として受け止めるときに、神の自信に満ち溢れた力が溢れ始めるのです。

イエス・キリストの十字架における死と復活が、単にアブラハム一人にとどまらず、現在生きている「私たちのため」であること、つまり私たちが義と認められるためであることを主張したのち（ローマ書4:23-25）、パウロは驚くべき小括を試みます。「ですから、信仰によって義と認められた私たちは、私たちの主イエス・キリストによって、神との平和を持っています」（ローマ書5:1）。かつては神に反逆し、敵対していた者（そう、私たちは「敵であった」のです。ローマ書5:10）が神との平和（平安）をもつことになるのです。いわば、私たちは完全無罪の判決を得て、自由人として神の御前に出ることができるようになったと主張するかのようです。しかし、この歴史的とも言える和解（和睦）が私たちに与えられたのは、イエス・キリストというパイプを通じてのみ（dia Iesoy Xristoy）、すなわちキリストの仲立ちなくしては成り立ち得ず、また、意味のないものです。反対に、キリストというパイプがあれば（あるだけで）、信じる私たちには神の祝福が（いえ、神ご自身さえもが）流れてくるようになるのです。神との平和もまた神の恵みであり、信じる者はその恵みに近づくこと（access という英語がピッタリの訳語です）が許されているのです（ローマ書5:2）。「ですから、私たちは、あわれみを受け、また恵みをいただいて、おりにかなった助けを受けるために、大胆に恵みの御座に近づこうではありませんか」（ヘブル書4:16）。

さらにパウロは、歓喜に溢れて、見方によっては狂喜したかのごとく、叫ぶのです。私たちは「神の栄光を望んで大いに喜んでいます。そればかりではなく、患難さえも喜んでいます。そればかりでなく、神を喜んでいるのです」と。神の栄光を望むとは、神の栄光が顕わされることを待望することであると同時に、また神の栄光に与ることを切望することでもあります（ローマ書5:2の口語訳・新共同訳参照）。これは、終末の時が来るのを切望する姿であり（Ⅱペテロ書3:12-13参照）、キリストの再臨を待ち望む声（マラナ・タ（marana tha）：「主よ。来てください」の意。Ⅰコリント書16:22（新共同訳）参照）であり、そして「からだの贖われること」＝復活を渇望する私たちの望みなのです（ローマ書8:21-25参照）。患難とは迫害です。しかし、迫害でさえ、練られた品性（従順）を介して、遂に希望へと至ることを知っているので、また喜ぶのです。しかも、この希望は失望に終わらないことが、神の愛によって確証されています。私たちが弱く（病気であったという意味です）かつ罪人であったとき、キリストが不敬虔（不信心）な者のために死なれたことが、その証拠となるのです（ローマ書5:5-8）。だからこそ、義と認められ、神と和解した私たちが神の怒りから救われ、復活によって永遠の命を与えられることは「なおさらのことです」（ローマ書5:9-10）。

この「喜んでいます」という言葉は、実は「誇る」という言葉です。かつて、ユダヤ人が「神を誇る」と言いながら神を侮っているとパウロが断罪し（ローマ書2:17&23）、また、人類の誇りは「取り除かれた」と宣言した（ローマ書3:27）、あの「誇り」です。そうです。人間の誇りが取り除かれるときに、神の誇りが顕れ、神の栄光が現れるのです。そして、私たちも、神ご自身を喜ぶ＝誇ることが許されています（ローマ書5:11）。真の意味で、誇りが回復するのです。そればかりではありません。神を誇ることこそが、真の人間性の回復であり、人間のなすべき本分なのではないでしょうか。まさに「誇る者は主を誇れ」と書いてあるとおりです（新共同訳聖書Ⅰコリント書1:31,Ⅱコリント書10:17）。（つづく）

あるメッセンジャーが、こう言いました。「牧師や伝道師といえども間違うことはある。教会（地方教会）や教団・教派も間違うことは歴史が証明している（反ユダヤ主義、十字軍、二度にわたるキリスト教国同士の世界大戦、環境問題等々）。しかし、神の言葉である聖書に誤りはない」。たしかに、神が人類に与えられた三次元空間で物質として絶対の信頼が置けるものは聖書しかありません（厳密に言うとヘブル語を中心とした旧約聖書とギリシャ語新約聖書です）。これを「聖書の無誤謬性（むごびゅうせい）」と言います。聖書は、誤ることがないから謝る必要もないのですね（オヤジギャグ!?）

ところで、旧約聖書は、元来口伝で伝えられたものが記録・編集されたものです。新約聖書も口伝や書簡（手紙）という形で比較的早い時代から伝わっていましたが、3･4世紀の幾度かの宗教会議で正典として認めるに至ったもので、5世紀初頭のヒエロニムスのラテン語聖書（ウルガタ）の普及で現在の形でまとまりました。ですから、聖書は神の著作であると同時に、人間の手の業でもありました。ただ、これは、神のメッセージのみが語られている書だけを祈りのうちに選んでいるのですから、神の著作であること、つまり神の権威が著されている書物であることは編集の時点で問題となりえませんでした。しかし、人間中心の近代における学問によって、聖書が科学的・歴史的真実に基づいているかどうかが問題とされ始めて以来、この「無誤謬性」の論点は重大な争いとなりました。6日間で宇宙が創造できるはずはないという近代科学から見れば、「聖書に書いてあるから6日間なのだ」と主張する人々は宗教的「盲信」と映ったかも知れません（なお、創造論から説明する科学は、1日とされるヘブル語の意味が長期間であることから、説得的な議論をしています）。最近は、聖書の権威を認めつつも、人間の手の業であることを理由に「無誤謬性」にはこだわらない（つまり可謬であるという）立場を採る人たちもいます。そして、聖書の権威は現実の人間生活に適用されなければ意味がないとして、個人個人に対する聖霊の照明によって聖書の権威は与えられるとして、その主観面が強調されています。

福音主義（私の属すると思われる考え方）は「聖書のみ」という考え方に基づき、客観的基準で聖書の権威をはかっています。最近の考え方（新正統主義と呼ばれています）が採る主観的な考え方と相容れないものと言えるでしょう。しかし、私には、どちらの言い分にも（100%の）分があるように思えます。ある注解書に次のような一文があります。「たんに聖書の歴史的確実性を立証しうるからといって、私たちは聖書を信頼しうると考えてよいのであろうか。あるいは、聖霊を通してそのメッセージの真理を知るようになったからといって、歴史的真正性いかんを度外視して、聖書の権威を認めてよいものであろうか。私たちは、聖書の権威を、完全な形式（客観的なみ言葉）と完全な内容（聖霊により主観的に適用されたみ言葉）のつりあいの中に求めるべきではないだろうか」（『聖書注解』（1987年・10版・キリスト者学生会（KGK）出版局）11頁：G. W. ブロムリイ／有賀寿〔訳〕）。これは、つまりは「聖書のみに拠って生きる」生き方を指しているのではないでしょうか。

パウロは、ここで、アダムとイエス・キリストとの類似点に目を転じます。アダムの違反（不従順＝不義の行為）により（dia）、罪が、さらには罪により（dia）死が、この世、つまり全人類に及んだのと同様に、イエス・キリストによる一つの義の行為（従順）によって（dia）、すべての人が義とせられ、生命を与えられる。そのことの中に、アダムが来たるべき方の雛形（typos：要するに「型」です）であることを見いだすのです（ローマ書5:12&18-19。なお、Ⅰコリント書15:45では、「聖書に『最初の人アダムは生きた者となった。』と書いてありますが、最後のアダムは、生かす御霊となりました」と、キリストのことを「最後のアダム」と呼んでいます）。なぜ一人のアダムが犯した違反（＝咎）によって全人類に罪が、死が拡がったと言えるか。律法によって初めて罪はその罪責を負うものとして認知されます。ところが、律法がモーセに与えられる以前にも、全人類は死によって支配されていました。つまり、見えざる（＝認知されざる）罪が全人類を覆っていたのです（ローマ書5:13-14）。

ところが、パウロは、このような類似点のみを挙げるだけにとどまりませんでした。むしろ、パウロは、アダムとキリストの間にある相違点に注目し、その相違のあまりにも素晴らしいことに驚き、感嘆して、これを強調したかったのではないかと思われます。実は、冒頭の聖句は新改訳聖書からと心に決めておいたルールがあったのですが、このようなパウロの筆跡を訳出・意訳している新共同訳聖書から引用しました。「しかし、恵みの賜物は罪とは比較になりません」、つまり、違うのですよ、比べものにならないのですよ、というのです。「恵みの賜物」とは一語で karisma。「カリスマ美容師」などというふうに現在流行りの、あの karisma です。実は、「恵み」とは karis で、「恵みによって与えられたもの」が karisma なのです。では、どこが違うか。アダムの場合は、一人の人の違反により多くの人が死んだのです（ローマ書5:15-16参照）。試験で99点の答案を出したものの、一つ（1点）間違ったために成績が0点になってしまったのと同じです。ところが、恵みの場合は、0点の答案を出したはずなのに、イエス・キリストによって（dia）、記録には100点がつけられているのです。もしかすると、一人一人の0点の答案を、キリストが朱筆ならぬ黒鉛筆で添削してから提出したのかも知れません。これは、通常は考えられないこと、つまり比べものにならないことなのではないでしょうか。まさに、「罪の増すところには恩恵（めぐみ）もいや増せり」（ローマ書5:20b・文語訳）と書いてあるとおりです。なおさらに、恵みが溢れゆくのです。

さて、Olive Friday Bible Study では、「なおさらのこと、恵みと義の賜物とを豊かに受けている人々は、ひとりの人イエス・キリストにより、いのちにあって支配するのです」（ローマ書5:17）と書いてあることに注目しました。死が人間を支配するというのはよく解る。恵みが人間を支配して生命に至らせるというのもよく解る。しかし、どうして私たちが、キリストによって、いのちにあって支配するのか？。いったい何を支配するのか？。実は、この「支配する」という言葉は、「王」や「王国」を意味する basileys や basileia の動詞形 basileyo です。また、天国（天の御国）は「天の basileia」なのです。そうです。神の恵み（karis）と賜物（dorea：これはイエス・キリストご自身を意味するところの「賜物」です。それゆえ、ローマ書5:17では「義の」が補われています。なお、ローマ書5:15では、「神の恵み（karis）とひとりの人イエス・キリストの恵みによる賜物（dorea en kariti＝karis）」として用いられています）とを豊かに受けることになった人々（私たち）は、キリストによって（dia）、天の御国に生きることが許されているのです。そして、創世記1:28にあるように、すべての被造物を神のために管理するという、我々人類に与えられた本来の使命が回復されます。罪が、アダムの違反（不従順）により、人間を死によって支配したように、恵み（karis）が、キリストの義によって（dia）支配し、キリストによって（dia）永遠のいのちに至らしむるという、比類なき神の恵みの事実を、パウロは高らかに語っているのです（ローマ書5:21）。（つづく）

さて、普通の書物であれば初版、新版、第3版といった具合に版が重ねられます。教科書や論文集などでは、必要な修正・変更がなされているのが普通です。「○○先生は第3版で改説した」ということは、新版（第2版）の見解は誤りであったということです。私の使っている新改訳聖書は（婚約式の時に妻から貰ったものですが）「1985年2月1日2版4刷」となっています。あれっ、「神の言葉は誤らない」じゃなかったの？。ご安心ください。これは日本語訳聖書だから第○版があるのです。もちろん、聖書の原本は1冊に特定できません。しかし、数多くの写本から、聖書の真の姿は明らかとなっています（厳密には、細部において後から付け加えられた可能性が残ってはおりますが、それを探るのは聖書学という学問がなすべきことです）。

イエスは山上の説教で、こう言われました。「まことに、あなたがたに告げます。天地が滅びうせない限り、律法の中の一点一画でも決してすたれることはありません。全部が成就されます」（マタイ伝5:18）。これは旧約の預言者イザヤの言葉を受けています。「草は枯れ、花はしぼむ。だが、私たちの神のことばは永遠に立つ」（イザヤ書40:8）。それどころか、「この天地は滅び去ります。しかし、わたしのことばは決して滅びることがありません」（マタイ伝24:35）とイエスは言ったのです。イエスの公生涯は、常に「わたしと父（神）とは一つです」（ヨハネ伝10:31）というメッセージを発信していました。ユダヤ人たちは、これを神への冒涜だと主張しました。それに対するイエスの反論もまた、神の言葉は廃れないことに基づいています。「そこで、イエスは言われた。「あなたたちの律法に、『わたしは言う。あなたたちは神々である』と書いてあるではないか。神の言葉を受けた人たちが、『神々』と言われている。そして、聖書が廃れることはありえない。それなら、父から聖なる者とされて世に遣わされたわたしが、『わたしは神の子である』と言ったからとて、どうして『神を冒涜している』と言うのか」（ヨハネ伝10:34-36・新共同訳）。

ここで引用されている旧約聖書の言葉は詩篇82:6です。一神教のユダヤ教・キリスト教なのに、2節と6節に「神々」が出てくるので、解りにくい詩篇かも知れません。しかし、イエスの解釈は明解です。神の言葉を受けた人たちが「神々」と言われている。それは、あなたたちユダヤ人ではないか。詩篇82:2-7は、いわば「神の言葉を受けた人」でありながら「普通の人」（ただの人。Ⅰコリント書3:3-4参照）と変わらない歩みをしているユダヤ人を叱責し、8節で「すべての国民」（＝異邦人）を所有される神に真の裁きを待望する詩篇ということになります。それはまた、決して滅びることなく、廃れることのない神の言葉を受けるということの真の意味を私たちに問いかけてくるものといえます。神の言葉に混ぜ物をしたり（Ⅱコリント書2:17参照）、勝手な解釈（私的解釈）を施したり（Ⅱペテロ書1:20参照）、挙げ句の果ては自分の好みに合わせて聖書に加除訂正を加えたりすること（黙示録22:18-19参照）は、してはいけないことなのです。

ローマ書5:21で罪の支配が恵みの支配に転換したことを高らかに宣言したパウロは、なぜか「恵みが増し加わるために、私たちは罪の中にとどまるべきでしょうか」という問いを持ち出します（ローマ書6:1）。これは「罪の増し加わるところには、恵みも満ちあふれました」（ローマ書5:20）という箇所を受けた立論ですが、支配をするのが「罪」から「恵み」に移るという観点からはナンセンスな質問です。なぜなら、私たち人間が、恵みを増し加えることをコントロールする（＝支配する）ことができるという前提に立った立論だからです。実は、ローマ書3:27-28で疑問とされた「神の救いは人間の意志によるか」という問題点との対決、つまり、「神の救い」と「人間の自己決定」との決戦の火蓋が切って落とされたのです。

その答えは「絶対にそんなことはありません」の一語に尽きます（ローマ書6:2）。「罪に対して死んだ私たちが、どうして、なおもその中に生きていられるでしょう」。突然、私たちは「罪に対して死んだ」とされています。私たちは、本当に「罪の支配の下で死んだ」のでしょうか？。パウロの答えは簡単です。キリストが私たちの罪のために死んだ（ローマ書4:25）。そのキリストに与（あずか）るバプテスマ（バプテスマの意味参照）によって、私たちもキリストの死に与ったというのです。それゆえ、私たちは「いのちの新しさにおいて」歩むように召されています（ローマ書6:3-5）。では、「罪に死んだ」私たちはどうなったのでしょう？。キリストの復活に与らず、「いのちの新しさにおいて」歩むことのない「古い人」は、キリストとともに十字架につけらました（ローマ書6:6）。それは、罪のからだが滅び（無力となり）、私たちが罪の奴隷でなくなるためです。なぜなら、「死んでしまった者は、罪から解放されている」からです（ローマ書6:7）。ギリシャ語の原文は「義を証明する」という言葉を用いていますから、「罪から離れて義を証明される」と、大胆に意訳してみることもできますね。もはや、私たちの「古き人」でさえも、罪とは無関係になりました。そして、私たちは、罪の報酬である死（ローマ書6:23）の支配をもはや受けることのないキリストとともに生きるのです（ローマ書6:8-10）。

このような大胆な展開に戸惑う人を意識してでしょうか。パウロは次のように言います。「自分は罪に対しては死んだ者であり、神に対してはキリスト・イエスにあって生きた者だと、思いなさい」（ローマ書6:11）と言います。まるで、「もし戸惑うことがあったとしても、とにかく、こう仮定してみてください、これを前提としてみてください」と言っているかのようです。「思いなさい」とは logizomai で、「数えなさい」という意味です。英語では、count や account という言葉です（accountability という言葉もありますよね）。アブラハムが義と認められたと言うときにも用いられています（ローマ書4:9-10,ヤコブ書2:23参照）。もしかすると、神が「数えた」ところに従って考えてみなさいという意味も込められていたのかも知れません。実は、パウロは絶対的に確信していました。イエス・キリストが十字架の死と復活を経験した以上、罪はもはや誰をも支配することがない！。罪の支配は完全に終わった、と。ですから、「あなたがたの死ぬべきからだを罪の支配にゆだねて、その情欲に従ってはいけません」と大胆に命じることができたのです。人間は、罪の支配に立ち戻ってはならないのです。罪が人間にちょっかいを出すことはできないのに、人間のほうからは罪にすり寄っていくことができる。私たちは弱さのゆえに、すり寄ってはいけないのに、すり寄っていく必要もないのに、自己決定という口実の下に罪の奴隷（ローマ書6:16-20参照）に堕してしまうのです。問題は、再び「自己決定」に戻ったように思えます（実は、この決戦はローマ書7章の最後まで続きます）。「あなたがた自身とその手足を義の器として神にささげなさい」と勧め、また命じる言葉も「自己決定」かも知れません。しかし、それは「死者の中から生かされた者として」決断するのです。神の恵みに与ったからこそ、可能となった自己決定です。だから、「あなたがたは律法の下にはなく、恵みの下にあるからです」とパウロは言うのです（ローマ書6:12-14）。（つづく）

聖研のイロハ：ヌで金持ちの青年の話を致しました。青年が立ち去った後、ペテロがしゃしゃり出て、「ご覧ください。私たちは、何もかも捨てて、あなたに従ってまいりました。私たちは何がいただけるでしょうか」と言いました。悲しんで去っていった青年のことを気遣うこともなしに、こうもしゃあしゃあと言うことができたペテロに、イエスは優しく答えます。「終わりの日に、あなたたちはイスラエルを裁くものとなる。また、捨てたものの何百倍も受け、永遠のいのちを受け継ぐ。ただ、先の者が後になり、後の者が先になることが多い」。そのわけは、ということでイエスが話し始めたのが、「自分のぶどう園で働く労務者を雇いに出かけた主人」の譬えです（マタイ伝20:1-16）。要約すると、午前8時に働き人と1デナリ（当時の一人1日の給料）で約束をしたが、午前9時、正午、午後3時、そして午後5時にも市場へ出かけてゆき、仕事にありつけなかった労働者をぶどう園に行くように主人は言った。午後6時、賃金の支払いの時、午後5時から働いた人から順々に、しかもみんな１デナリの給料を貰った。すると午前8時から仕事をしていた者たちは「私たちは一日中、労苦と焼けるような暑さを辛抱したのに」と不平を言った。主人は、「私はみんなに1デナリをあげたいのだ。私のお金をどう処分しても良いではないか。なぜ、あなたがたは悪くとるのだ？」と言ったというのです。これは、通常は、はしたないペテロに対して、「神様は公平に物事をなさるお方なので、いつから働き出したかは問題ではなく、むしろ、先に働き出したがゆえに心が曲がって後にされるのだよ」と諭した譬えとして理解されているものと思われます。

ところが、これは少々おかしい理解です。この理解だけにとどまって良いのでしょうか。なぜなら、賃金を受け取る順序を監督に指示したのはこの主人です。何もわざわざ、これ見よがしに後の者が過分な給料を貰うのを初めの者に見せる必要はないはずです。いや、もしかすると、わざわざ見させる必要があったのではないでしょうか。1日十分に働くこともできなかった者なのに1日分の賃金が与えられた恵みに喜ぶ労働者。おそらくは主人も喜んだことでしょう。その主人が「あなたがたは私と一デナリの約束をしたではありませんか」と言っているのです。2節と13節に「約束」と訳されているのは、symphoneo という動詞です。交響楽団のことを symphony orchestra と呼ぶように、音が共鳴し合う様、響き合う様を表す言葉です。新約聖書に6回登場する言葉ですが、最も有名な箇所は「もし、あなたがたのうちふたりが、どんな事でも、地上で心を一つにして祈るなら、天におられるわたしの父は、それをかなえてくださいます」（マタイ伝18:19）という聖句の「心を一つにして」という言葉でしょう。

神の言葉は響き合います（「その響きは全地にあまねく、その言葉は世界のはてにまで及ぶ。神は日のために幕屋を天に設けられた」（詩篇19:4a・口語訳））。コンテクストを異にするマタイ伝18:19において用いられている symphoneo という言葉が奏でるシンフォニーが、このマタイ伝20:1-16を解く鍵になります。神をあらわすこの主人は言います。「あなたたちは、わたしと心を一つにしたではないか。わたしと同じ心で響き合ったではないか。わたしは、たとえ奪われたにせよ、なお与え続け、恵みをすべての人に流し続けるのだよ（「持ってけ、泥棒！」の世界ですね）。あなたたちも、わたしとともに恵みを流し続ける側に立ったのだ。あなたたちは恵みを報酬として受けたいと願っているが、むしろ報酬を恵みとして欲しい。後から来た者たちが恵みに喜んでいる姿を見ることが、あなたたちへの恵みであり、報酬（報い）である。彼らとともに、わたしとともに喜びを分かち合おうではないか。響き合おうではないか！」。ヨハネ伝4:36には、次のように書かれています。「すでに、刈る者は報酬を受け、永遠のいのちに入れられる実を集めています。それは蒔く者と刈る者がともに喜ぶためです」。蒔く者は神であり、キリストです。刈る者は弟子です。私たちです。刈る者は、すでに永遠のいのちという報酬を受けた。それは、神（キリスト）と人々（弟子たち）とがともに喜ぶためである、というのです。このように考えると、この譬えは、ペテロたちを諭しているのと同時に、神の御下に来てともに響き合うことに参加する喜びに、弟子たち、そして私たちを招待する言葉として響いてくるとは思いませんか。（聖研のイロハ：カにつづく）

11月3日の文化の日に、Olive では山頂聖研を計画していましたが、西丹沢一帯に降った前夜の雨のために予定を変更して、S教官の自宅でローマ書聖研をもちました。そこで、中心的な問題となったのが冒頭に引用した聖書の箇所です。ローマ書6:3-10&14では、私たちは罪と死の支配から解放されていると言いながら、ここでは再び罪の支配が及びうると言っています。たしかに、ローマ書6:3b-10では「私たち」に関してであり、ローマ書6:11-23では「あなたがた」に関してですし、前者はいわば「天国」でのキリスト者の立場を表すのに対して、後者は現実の地上の生活を言っているのだと言うこともできます。しかし、「やはり矛盾ではないか？」との印象を拭い切れません。なぜでしょうか？。

ここで、「死ぬべきからだ」とは何かという疑問が提起されました。この「からだ」のもつ情欲に従うことが「罪の支配にゆだね」ることなのです。この「からだ」は、ローマ書6:6の「罪のからだ」であり、「古い人」のからだです（この私たちの「古い人」については、私たちの代表であるアダム（ローマ書5:12&14）なのではないかという指摘がありました）。この「古い人」の情欲に従うことは、結局は死ぬしかない身体＝永遠ではない身体を、もう一度生かして、罪にささげているのではないでしょうか。また、あなたがたの手足を「不義の器として」罪にささげているのではないでしょうか。そうあってはなりません。パウロは言います。むしろ、あなたがた自身を「死者の中から生かされた者として」、また、あなたがたの手足を「義の器として」、神にささげなさい、と。しかし、なぜ死んだはずの「古い人」の身体を生かすことができるのかについて説明はありません。

ここで、パウロは「律法の下にではなく、恵みの下にあるのだから罪を犯そう」という考え方をきっぱり否定します（ローマ書6:15）。ここで「奴隷」という立場が論証として使われています（ローマ書6:16-22）。律法と恵みとに対応させれば、律法に対しては罪の奴隷（汚れと不法の奴隷）、恵みに関しては義の奴隷（従順の奴隷、神の奴隷）です。ローマ書6:20で「罪の奴隷であった時は、あなたがたは義については、自由にふるまっていました」とあります。「自由にふるまう」とは「義務がない」と言うことです。つまり、罪の奴隷であったときには、正しいことをする義務がなかったのです。裏返せば、罪を犯す義務（必然性）があったのです。義の奴隷であれば、罪を犯す義務はありません。それどころか、義を遂行する義務（必然性）があることになります。それは、恵みと矛盾しないのでしょうか？。神の恵みは「正しい人にも悪い人にも」等しく及ぶものです（マタイ伝5:45参照）。この点は、今回の聖研では結論が出なかったように思われます。

しかし、「神に感謝すべきことには、あなたがたは、もとは罪の奴隷でしたが、伝えられた教えの規準に心から服従し、罪から解放されて、義の奴隷となったのです」（ローマ書6:17-18）とあるように、神の恵みによって（正しくない者でも）救われて義の奴隷となり、義を遂行する義務を負い、義について自由であるとは言えなくなったのではないでしょうか。「やっぱりキリスト教の救いは束縛するものなんだ」とお思いの方のためには、パウロの釈明を引いておく必要がありましょう。「あなたがたにある肉の弱さのために、私は人間的な言い方をしています」（ローマ書6:19参照）。パウロが、敢えて「義の奴隷」というような、一見恵みとは正反対であるかのような言葉遣いをしたのは何故でしょうか？。古き人を墓から引きずり出して罪の支配を受けるか、死者の中から生かされた者として義の奴隷となるかを、自己決定することが人間に許されているのでしょうか？。もしかすると、罪の奴隷と義の奴隷という二つの選択肢があって、私たちには、そのいずれかを選ぶ権利があるのだという「自己決定論」に対して、防御の陣を敷き、反撃のチャンスを待っているのかも知れません。罪の奴隷であれば、罪しか選択できなくなる。しかし、その罪を認識させるべき律法の下にない、すなわち神の恵みの下にあるあなたがたは、義の奴隷であって、義しか選択できなくなる。それぞれの結末は明らかではないか。「罪から来る報酬は死です。しかし、神の下さる賜物は、私たちの主キリスト・イエスにある永遠のいのちです」（ローマ書6:23）。死か、いのちか。あなたがたはどちらを選ぶのか。パウロの姿勢は一貫しています。いのちを選びなさい。「私は、きょう、あなたがたに対して天と地とを、証人に立てる。私は、いのちと死、祝福とのろいを、あなたの前に置く。あなたはいのちを選びなさい」（申命記30:19参照）。「自己決定」を巡る戦いは、依然続きます。（つづく）

聖研のイロハ：ワで見たように、神の言葉は響き合います。しかし、これは symphoneo という言葉だけではありません。マタイ伝20:8に「賃金」という言葉がでてきます。これは misthos で、他の聖書の箇所では「報酬、報い」と訳されています（マタイ伝20:1ほかでは「雇う」という動詞形で使われていますが、これは misthow という同義語です）。神から報いられるというと、何だか胸を張りたい気分になります。聖書にもⅠコリント書3:8&14やマタイ伝25:14-30・ルカ伝19:12-27で働きに応じた報いが書いてあるようにも思われます。実際、「働く者の場合に、その報酬（misthos）は恵み（karis）ではなくて、当然に支払うべきもの（ローマ書1:14の「負債」と同義語）とみなされます」とあります（ローマ書4:4）。でも、働き（ergon）に対する報酬が具体的に何であるかは記されていません。マタイ伝6章には「報い」という言葉がでてきます。偽善者たちはこの地上で報いを受けてしまっている（マタイ伝6:1,5&16）。しかし、「隠れた所におられるあなたの父（＝神）に見られる」人には「父（＝神）が報いてくださいます」（マタイ伝6:4,6&19）と言われたイエスは、また「自分の宝は、天にたくわえなさい」（マタイ伝6:20。マタイ19:21参照）とも言われたのです。「わたしのために、ののしられたり、迫害されたり、また、ありもしないことで悪口雑言を言われたりするとき、あなたがたは幸いです。喜びなさい。喜びおどりなさい。天においてあなたがたの報いは大きいのだから」（マタイ伝5:11-12a）。突き詰めて考えるとき、いったい、神の報いとは何でしょうか。

聖書を解釈する方法は、「聖書は聖書をもって解釈する」という態度でしょう。プロテスタントの福音主義はこれを徹底的に主張しますし、カトリックの態度も、まず第一にはこの方法を用いることになるでしょう。私は、なまじ法律学を学んだせいで、同じ言葉があれば聖書の解釈ができるのだと思ってきました。しかし、この1年ばかりの聖書研究会に出ていて、それ以上の祝福に出逢えるのだということを強く感じています。まさに、神の言葉が、一語ではなく、複数の言葉で、あちらこちらで響き合っています。このシンフォニーの中で、神の言葉は生き生きとした生命（いのち）を得ることになるのです。「わたしがあなたがたに話したことばは、霊であり、またいのちです」（ヨハネ伝6:63）。

マタイ伝10:40-42では、「あなたがた＝この小さい者たちのひとりを受け入れる者」は「わたし＝キリスト」を受け入れ、「わたしを遣わした方＝神」を受け入れるとあります。神＝キリストを受け入れるとは、神の言葉、キリストの言葉を受け入れることです。それは、魂を救うことになります（ヤコブ書1:21）。では、報いとは神の救いを受けることでしょうか。神の救いは恵みなのではなかったのでしょうか。Ⅰコリント書9:18に窮極の報いが書かれています。「では、私にどんな報いがあるのでしょう。それは、福音を宣べ伝えるときに報酬を求めないで与え、福音の働きによって持つ自分の権利を十分に用いないことなのです」。このパウロの告白は、あたかもキリストの姿（ピリピ書2:6-8）と連動して、「悪い人にも良い人にも太陽を上らせ、正しい人にも正しくない人にも雨を降らせてくださる」天の父の姿を彷彿とさせます（マタイ伝5:45参照）。まさに、「天におられるあなたがたの父の子どもにな」り、惜しみなく与える愛に生きることこそ、窮極の報いであり、神の恵みなのです。

スター・ウォーズの古いシリーズでは、第２作の「帝国の逆襲」に続く第３作は「ジェダイの復讐」です。では、「自己決定権の逆襲」に続いて、聖書はどんな物語を用意しているのでしょうか？。何と、パウロは、律法を知っている人々（つまりユダヤ人）に、「律法が人に対して権限を持つのは、その人の生きている期間だけだ、ということを知らないのですか」と切り出します。そして、夫婦関係に関する律法を持ち出します。「夫のある女は、夫が生きている間は、律法によって夫に結ばれています。しかし、夫が死ねば、夫に関する律法から解放されます。ですから、夫が生きている間に他の男に行けば、姦淫の女と呼ばれるのですが、夫が死ねば、律法から解放されており、たとい他の男に行っても、姦淫の女ではありません」（ローマ書7:2-3）。これは何を意味するのか。

この議論を譬え話として考えると、どうなるのでしょう。女は「人間」、夫は「罪」をあらわすと言えましょう。この関係は、現在とは違い、明らかな男尊女卑です。いえ、この妻は「罪の奴隷」（ローマ書6:16&20参照）であった「人間」なのです。パウロは、後に「私は罪ある人間であり、売られて罪の下にある者です」（ローマ書7:14b）と言っています。夫〔罪〕に「縛られている」＝「つながれている」（ローマ書7:2・新共同訳。なお、マタイ伝18:18参照）のが女〔人間〕なのです。夫〔罪〕が死ねば、この結婚関係は消滅し、婚姻に関する律法は無効となります（ローマ書6:6参照）。他の男は神＝キリストです（ローマ書6:11で「罪に対しては」「神に対しては」と対照されているところからの推測です）。神を姦夫（間男）に譬えるのは気が引けますが、夫〔罪〕が死なない限り、この女〔人間〕が勝手に他の男〔神＝キリスト〕のところに行けば、立派な姦淫（不倫）です（ローマ書7:3a）。律法は、姦淫について「姦通した男（他の男〔神＝キリスト〕）も女〔人間〕も必ず殺されなければならない」と規定します（レビ記20:10）。「そうか。だから、キリストは十字架に架かられたのだ。そして、私たち人間も死んだのだ。罪に対しても、律法に対しても、断絶した世界に行くんだ」。それは、他の男〔神＝キリスト〕とともに行くのです。「自己決定論者」は言うでしょう。「だから、私たちは神様を選んでついて行こう」と。この譬えでは、まるで姦淫を奨励しているかのようです。本当にそうでしょうか？。

この姦淫の譬えで見落としてならないのは、夫〔罪〕が死なない限り、女〔人間〕は自由の身になれないことです（新共同訳聖書では「夫が死ねば、この律法から自由なので」（ローマ書7:3）と訳されています）。夫〔罪〕が生きている限り、この女〔人間〕は他の男〔神＝キリスト〕とともに甦って来れないことになります。もし甦って来たとしても、夫〔罪〕は生き続けているのですから、律法を根拠にして妻の引渡しを求めてくるでしょう。「死のとげは罪であり、罪の力は律法です」（Ⅰコリント書15:56）。律法による判決では、女（人間）に自由はありません。こうなると、永遠に解決はなくなってしまいます。では、この夫〔罪〕はいつ死ぬのでしょうか？。「いつかは」死ぬのでしょうか？。「私たちの古い人がキリストとともに十字架につけられたのは、罪のからだが滅びて、私たちがもはやこれからは罪の奴隷でなくなるためであることを、私たちは知っています」（ローマ書6:6）。神＝キリストは、ご自身が十字架に架かられるとき、私たち人間とともに、この罪（＝古き人）も十字架につけてしまった、と聖書は語ります。実際の十字架の場面でも、キリストの両側に二人の強盗が十字架につけられ、うち一人は絶命する直前にイエスからパラダイス（神の国）に入る約束を得ます（ルカ伝23:33&39-43）。不思議な一致ですね。まるで手品を見るようです。イエス・キリストにしかできない手品です。姦淫の現場で捕らえられた女をイエスが赦した時（ヨハネ伝8:2-11）、実は、姦夫（間男）のほうは、何故か知りませんが、捕らえられていないのです。しかし、神＝キリストがそのような卑怯な手を許されることはありません。「姦淫の女」である人間を救うために、その夫〔罪〕を捕まえて十字架につけてくれたのは、神＝キリストです。

キリストは、私たちを連れて、帰ってきました。夫〔罪〕が死んだ以上、古い文字である律法は何の効力ももちません。私たちは「姦淫の女」ではないのです。その結果として、「死者の中から復活させられた方のものとなり、こうして、わたしたちが神に対して実を結ぶ」（ローマ書7:4b・新共同訳参照）者となり、また、「霊の新しきに従ひて」（ローマ書7:6・文語訳参照）、つまり「キリストの律法」（ガラテヤ書6:2。なお、ヤコブ書1:25,2:8&12,エレミヤ書31:33,エゼキエル書11:19&36:26参照）に基づいて、神に仕えることになります。自己決定論はすでに崩壊しています。それは、女〔人間〕の側に、夫〔罪〕を選ぶか姦夫〔神＝キリスト〕を選ぶかの自由があると主張する根拠が全くないからです。そうではなく、キリストが私たちを愛してくれたゆえに、ただそのゆえにのみ、私たちは救われました。「あなたがたがわたしを選んだのではありません。わたしがあなたがたを選び、あなたがたを任命したのです。それは、あなたがたが行って実を結び、そのあなたがたの実が残るためであり、また、あなたがたがわたしの名によって父に求めるものは何でも、父があなたがたにお与えになるためです」（ヨハネ伝15:16）。パウロはここで高らかに自己決定論に対して勝利宣言をしています。今次のアメリカ大統領選挙とは大違いですね！。（つづく）

あるキリスト教書店で、ホームページを作成されている方と立ち話をしました。「うまくいっていますか？」。「なかなか追いつかなくて…」。「写真とかデザインとかも大変でしょう？」。「本当はもっといろんな情報を載せたいのですけれど…」。「でも、読者は次から次へと情報を欲しがりますものね。もっと情報は？、新しい情報は？、てね」。「そうは話がありませんものね」。そこで一言。「私のホーム・ページなんか、楽なものですよ。何せデザインには気を使わなくてすむし、情報は聖書があるからいくらでも引き出すことができますもの」（ちょっと高ビー！）。本音は、本業の同業者に見られると、「あいつは何をしてるんだ？。ちゃんと論文を書いているのか？」と言われるのが恐くて怖くて眠れないほどですが…。

それにしても、聖書は話題の宝庫です。何でこんなに情報があるのかと思って調べましたら、聖書自身が答えを用意してくれていました。Ⅰ列王記17:8-16節に、預言者エリヤが飢饉の始まった異邦の地シドンで、死を覚悟していた母子の手によって養われた記事があります。エリヤの預言はこうでした。「イスラエルの神、主が、こう仰せられるからです。『主が地の上に雨を降らせる日までは、そのかめの粉は尽きず、そのつぼの油はなくならない』。彼女は行って、エリヤのことばのとおりにした。彼女と彼、および彼女の家族も、長い間それを食べた。エリヤを通して言われた主のことばのとおり、かめの粉は尽きず、つぼの油はなくならなかった」（Ⅰ列王記17:14-16）。これは、新約聖書にある「人はパンだけで生きるのではなく、神の口から出る一つ一つのことばによる」というイエスの言葉を連想させます（マタイ伝4:4,申命記8:3参照）。また、出エジプトの序章で、神の山ホレブでモーセに起こった出来事にもヒントがありましょう（出エジプト記3:1-6）。「すると主の使いが彼に、現れた。柴の中の火の炎の中であった。よく見ると、火で燃えていたのに柴は焼け付きなかった」（出エジプト記3:2）。これなどは、すべてのエネルギーの源が神のうちにはあるということを示しているようですね。また、イエスは大声で言われました。「わたしを信じる者は、聖書に書いてあるとおり、その腹から生ける水が川となって流れ出るであろう」（ヨハネ伝7:38・口語訳）。イエスを信じる者の心のうちに、尽きせぬ泉は開かれます。「力の限り、見張って、あなたの心を見守れ。いのちの泉はこれからわく」（箴言4:23）と書いてあるとおりです。「イスラエルはこの歌をうたった。井戸よ、湧き上がれ」（民数記21:17・新共同訳）。

「自己決定権」との戦いにおいて、パウロは次のように言いました。「私の兄弟たちよ。それと同じように、あなたがたも、キリストのからだによって、律法に対しては死んでいるのです。…私たちが肉にあったときは、律法による数々の罪の欲情が私たちのからだの中に働いていて、死のために実を結びました」（ローマ書7:4-5参照）。これでは、まるで律法が罪そのものであるかのような印象を与えます。パウロは言います。「律法は罪なのでしょうか。絶対にそんなことはありません」。ところが、すぐさま、「ただ、律法によらないでは、私は罪を知ることがなかったでしょう。律法が、『むさぼってはならない。』と言わなかったら、私はむさぼりを知らなかったでしょう」と続きます（ローマ書7:7参照）。やっぱり、律法と罪はつるんでいるじゃないかって？。たしかに、そう読めます。しかも、「しかし、罪はこの戒めによって機会を捕え、私のうちにあらゆるむさぼりを引き起こしました。律法がなければ、罪は死んだものです」（ローマ書7:8）と来ました。ああ、神の律法もまた、罪に感染してしまったのでしょうか？

冒頭の聖句は、これに続くものです。でも、新約聖書に少し詳しい方なら、おかしなことが書いてあるなあと思われたことでしょう。パウロは「きっすいのヘブル人で、律法についてはパリサイ人、その熱心は教会を迫害したほどで、律法による義についてならば非難されるところのない者です」（ピリピ書3:5b-6）。そのパウロが「律法なしに生きていました」とは、どういう意味でしょうか？。前節の「律法がなければ、罪は死んだものです」とあわせて考えると、パウロのかつての（律法による義についてならば非難されるところのない）生活においては、罪は死んだものであった、つまり、罪を意識せずに生きてこられた、と読めます。律法の行いに自分の義を見出そうとするパリサイ的生き方をしていたパウロは、自分の罪を見出しえなかったのです。ところが、パウロがイエス・キリストに出会うことにより、キリストの示すまことの律法＝戒めが訪れたとき、彼は気づいたのです。自らのうちに罪が生き生きと働いており、「私のうちにあらゆるむさぼりを引き起こし」ていることを。「むさぼってはならない」とは十戒の最終戒ですが、ある意味で「殺してはならない」以下の戒めをすべて含んだものといえましょう。なぜなら、貪（むさぼ）りとは、神の愛＝アガペーとは全く逆の方向性を有する奪う愛（エロス）を体現しているからです。自分自身を中心にする、まさに偶像礼拝と呼ぶにふさわしい罪です（コロサイ書3:5）。この罪は律法を経由してパウロ（＝私）のうちに入ってきたのでしょうか？。いいえ。「罪が生き」とは「罪が生き返り」（新共同訳）という言葉です。戒めが来るまでは、罪は死んだものでした。ある意味で、この罪は、「罪の素」として、パウロが生まれたときから内蔵されていたのです。それは、アダムの堕罪によって全人類に拡がった罪＝原罪です。この罪は、律法なくしては認識（認知）しえないものですが、しかし、死によって人間を完全に支配していました（ローマ書5:13-14）。ですから、本当の意味での律法を知ったとき、パウロは自分自身のうちに罪を見出さざるをえませんでした。「律法によらないでは、私は罪を知ることがなかったでしょう」とは、実は、そういう意味だったのです。

「罪が生き、私は死にました」。神の律法＝戒めが訪れるとき、私たち人間は神に対して応答しようとするでしょう。神と人との間に律法がパイプ役となって繋がったときに、神のいのちが流れて、人は生きるからです。そもそも、律法はいのちを与えるものです（レビ記18:5,申命記32:47参照）。しかし、律法（戒め）というパイプの入口が来た途端、罪が私たちのうちに拠点をもって（＝「機会を捕らえ」）働いて、私たちは貪りの罪を犯してしまいます。すると罪は言います。「おまえは罪を犯した。おまえは死に価する」と。まさに、これは「告発する者」（＝サタン）の言葉であり、私たちは死ぬのです。罪が、私たちと律法、すなわち神との間を隔てているのです。パウロは、ここで、いのちに導くはずの律法が、自分にとっては死に至らしめるものであることを発見します。いのちであり、また、聖なるものであり、正しく、良いものである律法＝戒めがパウロを死に至らしめたように見えますが、実は、罪がパウロを欺き、パウロを、そして全人類を殺したのです（ローマ書7:11-13）。名探偵コナン(?)ではありませんが、罪に向かって「犯人はおまえだ！」と指さしているようです。

こうして、律法は無罪判決を得ました。いえ、正しい評価を得て、地位を回復したと言ってもかまいません。「こうして、律法は私たちをキリストへ導くための私たちの養育係となりました。私たちが信仰によって義と認められるためなのです」（ガラテヤ書3:24）。キリストは、ご自分と一緒に、私たちの罪を十字架につけました（ローマ書6:6）。それゆえ罪は死んで、古き律法も効力を失ってしまいました（ローマ書7:1-4参照）。しかし、神からのいのちを流すパイプがなくなったわけではありません。イエス・キリストがそのパイプとなりました。「キリストは律法の目標であります」（ローマ10:4・新共同訳）。そうです。「互いの重荷を負い合い、そのようにしてキリストの律法を全うしなさい」（ガラテヤ書6:2。なおⅠコリント書9:21参照）という言葉のように、「キリストという律法」が与えられたのです。ヨハネもまた、イエスの言葉として、これを福音書に記録しました。「イエスは彼に言われた。『わたしが道であり、真理であり、いのちなのです。わたしを通してでなければ、だれひとり父のみもとに来ることはありません。』」（ヨハネ伝14:6）。今や、キリストご自身がいのちに導く律法となったのです。（つづく）

旧約聖書の申命記は、モーセの遺言とも言うべき書物です。申命記4:4-6は、これからカナンの地に入るイスラエルの民に語った言葉です。「しかし、あなたがたの神、主にすがってきたあなたがたはみな、きょう、生きている。見なさい。私は、私の神、主が私に命じられたとおりに、おきてと定めとをあなたがたに教えた。あなたがたが、はいって行って、所有しようとしているその地の真中で、そのように行なうためである。これを守り行ないなさい。そうすれば、それは国々の民に、あなたがたの知恵と悟りを示すことになり、これらすべてのおきてを聞く彼らは、『この偉大な国民は、確かに知恵のある、悟りのある民だ。』と言うであろう」。イスラエルに与えられた「おきて」＝律法は、他のどんな民族の法律も真似のできない、異質なものでした。それは、「良い人にも悪い人にも」等しく恵みを施す神の性質、一言で言えば「憐れみ」を反映していました。イスラエル民族のうちに「憐れみ」が充ち満ちていることによって、神はすべての国々から栄光をお受けになることを計画されたといえましょう。

それでは、どのような「憐れみ」の規定があったか。たとえば、「あなたがたの土地の収穫を刈り入れるときは、畑の隅々まで刈ってはならない。あなたの収穫の落ち穂を集めてはならない。またあなたのぶどう畑の実を取り尽くしてはならない。あなたのぶどう畑の落ちた実を集めてはならない。貧しい者と在留異国人のために、それらを残しておかなければならない。わたしはあなたがたの神、主である」（レビ記19:9-10）という規定は、寄る辺のない人々にも生活の保障がされるようにするものでした。また、7年ごとに「安息の年」を設け、畑地を休ませ（レビ記25:1-7）、あるいは負債の免除をしなければならないと規定しました（申命記15:1-6）。「そうすれば、あなたのうちには貧しい者がなくなるであろう」（申命記15:4）と立法理由が書いてあります。ところが、7年ごとに負債の免除があるとすれば、6年目には「貸し渋り」が起こることは必至です。しかし、聖書は言います。「あなたは心に邪念をいだき、『第七年、免除の年が近づいた。』と言って、貧しい兄弟に物惜しみして、これに何も与えないことのないように気をつけなさい。その人があなたのことで主に訴えるなら、あなたは有罪となる。必ず彼に与えなさい。また与えるとき、心に未練を持ってはならない。このことのために、あなたの神、主は、あなたのすべての働きと手のわざを祝福してくださる。貧しい者が国のうちから絶えることはないであろうから、私はあなたに命じて言う。『国のうちにいるあなたの兄弟の悩んでいる者と貧しい者に、必ずあなたの手を開かなければならない』」（申命記15:9-10）。さらに、7年を7度繰り返した翌年（つまり50年目）はヨベルの年と規定されます。このヨベルの年には、国中の住民に解放が宣言されます。つまり、債務奴隷に身を落としている人々が自由の身になるのです（レビ記25:10）。また、先祖伝来の土地（畑）を売り払ってしまった人々には、買い戻しの権利を行使することが許されます。自由の身になって働くべき畑も還ってくるのです（レビ記25:13-17参照）。これらの規定の中心思想はレビ記25:23に書かれてあります。「土地を売らねばならないときにも、土地を買い戻す権利を放棄してはならない。土地はわたしのものであり、あなたたちはわたしの土地に寄留し、滞在する者にすぎない」（新共同訳）。神の主権による憐れみの満ちた国、これが神の意図した理想郷です。

今回の聖研の箇所はローマ書7:14-25です。ローマ書7:12-13では、律法が聖なるものであり、正しく、かつ良いものであること、また、私に死をもたらした張本人は罪という極悪人であったことが記されています。「なぜなら」という言葉で始まるのが冒頭の箇所です。前半（14節）を単純化すると、「律法は霊である。私（パウロ）は肉である。そして私は罪の支配下に売られて奴隷となったからです」ということになるでしょう。後半（15節）は「（なぜなら）私は自分の行ないが分かりません。私の意志することではなく、憎むことを行なっているからです」ということになるでしょう。律法に違反している私の行ないを憎んでいるとすれば、律法が善なることを認めており、憎むべきことを行っているのは私ではなく、罪です（ローマ書7:16-17）。律法と罪のどちらが犯人か、という問題を解くのと同様の手法で、パウロは、自分自身と罪のどちらが悪を行なっているかという問題を解いているかのようです。たしかに、罪は私のうちに、私の肉のうちに住まい、宿り、巣くっています。しかし、「私じゃない！。罪が悪いのです！」というように聞こえるこの解法は、まさに責任転嫁であるとの誹謗を受けるものなのではないでしょうか？

今回の聖研の最後の箇所は、こう結んでいます。「私たちの主イエス・キリストのゆえに、ただ神に感謝します。ですから、この私は、心では神の律法に仕え、肉では罪の律法に仕えているのです」（ローマ書7:25）。何を言いたいのでしょうか？。「私に悪が宿っているという原理（＝ nomos：文脈により律法、法則、法（のり）と訳される言葉）」（ローマ書7:21）を見出したパウロは、その原理（律法）が私の肢体（新改訳聖書では「からだ」）において「私の心の律法」と戦い、罪の律法の虜にしている、すなわち悪を行なっているが、その張本人は罪であり、私にはその意志がなく、かえって神の律法に仕えているのだから、私は無罪放免だ、と言っているのでしょうか？。とんでもない！。それだったら、「私は、ほんとうにみじめな人間です。だれがこの死の、からだから、私を救い出してくれるのでしょうか」（ローマ書7:24）というパウロの嘆きは出てこないはずです。

この一連の箇所では、nomos という言葉のほかにもう一つ、thelo という言葉が多く用いられています。thelo は英語の will です。つまり意志です。私（パウロ）の意志です。この私の意志は、善（＝律法）を行ないたいといつも願っています（ローマ書7:18&21）。「心の律法」や「心では神の律法に仕え」というときの「心（＝思い）」も「意志する」ところと考えてよいでしょう。また、「律法は良いものであることを認め」、「神の律法を喜んで」います（ローマ書7:16&22）。「認め」「喜ぶ」は原語のニュアンスから言うと、「同意する＝ハイという」、「ともに喜ぶ、喜んで同意する」ということです。したがって、神のいのちに導く律法が神の御心（＝人を生かしめたいとの思い）をもって訪れるとき、私の意志するところ（それは私の霊であるかも知れません）は応答し、共鳴して、善をしようと動き始めるのです。ところが、現実に作動すべき肢体は罪に支配されています。行ないえないのです。実行できないのです。意志において律法という的を目がけて弓を射たのに、矢は必ず外れる。つまり、的外れです。「的外れ」を意味するギリシャ語は (h)amartia ですが、これこそが聖書で「罪」と訳されている言葉なのです。そうです。「心では神の律法に仕え、肉では罪の律法に仕えている」（ローマ書7:25参照）ことこそが、まさに罪です。神の呼びかけに応答したいという意志が肢体に伝達できないということは、つまりは、神の造られた人間として、機能不全に陥っているということでしょう。だから惨めな人間なのです。罪の報酬は死です（ローマ書6:23参照）。私の霊は神からいのちを受けることができず、死に至りました（ローマ書7:9-10）。肉体は生きていても必ず死ぬことが定められています（ヘブル書9:27参照）。だから死のからだなのです。ユダヤの思想では、人間を「霊」と「肉」に分析して考えることは、本来ありません。人間として機能不全に陥っているこの私自身が、人間の存在自体が、罪であり、死そのものなのです。人間の実在自体に希望を失ったパウロは、しかし、叫びます。「感謝（karis ＝恵み）、神に、我が主イエス・キリストを通じて！」（ローマ書7:25参照）。（つづく）

さて、ローマ書聖研では、ローマ書7章に入って以来、罪が人間のうちに内在していることを学んできました。極悪人である罪は、キリストの花嫁となるべき一人の女（人間）を（実は欺きによって）金で買い、無理矢理に操を奪い、夫となりました（ローマ書7:1-6）。そして、キリストの声を聞いて彼女が助けの声を挙げそうになると、罪は暴力をふるい、挙げ句の果ては、彼女を殺してしまいます（ローマ書7:7-13）。現代で言えば、さしづめ domestic violence の典型ということができましょう。この domestic という英語は、ラテン語の domesticys という形容詞（「家の」「家庭の」「国内の」）に由来します。罪が私のうちに「住みついている」（あるいは「宿る」）と訳された動詞もまた oikeo（住む）というギリシャ語です（ローマ書7:17-18&20参照）。oikia とか oikos が名詞形で「家」を表します。罪が寄生しているというのであれば parasite でしょうが、それはあくまでも居候のようなものです。しかし、oikeo というのは、まさにその家の主人として住んでいるのであって、もっとたちの悪いことなのです。

ところで、この oikeo という動詞が用いられている箇所は意外にも少なく、9回しかありません。ローマ書8章などでは、神の御霊が人のうちに住んでくださるというところで用いられ、「キリストの内住」や「聖霊の内住」として知られています。とくに面白い用いられ方をしているのは、Ⅰコリント書7:12-13でしょう。「次に、そのほかの人々に言いますが、これを言うのは主ではなく、私です。信者の男子に信者でない妻があり、その妻がいっしょにいることを承知している場合は、離婚してはいけません。また、信者でない夫を持つ女は、夫がいっしょにいることを承知しているばあいは、離婚してはいけません」。これはパウロの意見としてではありますが、夫婦の片側が信者、片側が不信者の場合に、結婚関係がうまくいかないのではないかと疑った信者の側から離婚の申し出をすることを禁止しています（逆の場合は容認されています。Ⅰコリント書7:15&Ⅱコリント書6:14-15参照）。不信者、いえ未信者の配偶者が一緒に「いること」を承知していれば、結婚を解消する必要はないということになります。この「いること」に oikeo が使われています。居を同じくする、つまり同居してもよいといえる関係、それこそが夫婦の基本です。その基本を、今度は「神の御霊」（ローマ書8:9）との関係で用いなければなりません。「神の御霊が煙たくてしようがない」とか、「ちょっとは私の自由にさせて」なんて思って、聖霊を家の外に置き去りにしておくなんてとんでもない！。「それとも、『神は、私たちのうちに住まわせた御霊を、ねたむほどに慕っておられる。』という聖書のことばが、無意味だと思うのですか」（ヤコブ書4:5）と書いてあるではありませんか。

扉の外からはノックの音が聞こえてくるでしょう。「見よ。わたしは、戸の外に立ってたたく。だれでも、わたしの声を聞いて戸をあけるなら、わたしは、彼のところにはいって、彼とともに食事をし、彼もわたしとともに食事をする」（黙示録3:20）。イエス・キリストの誕生のとき、人間の世界に降った神の御子には、家も宿屋もあてがわれず、ただ馬槽（まぶね＝飼い葉桶）という宿り木しか用意されていませんでした（ルカ伝2:7。ルカ伝9:58&ヨハネ伝1:11参照）。♪「御冠をも、汝は捨てて、世に降りまししに、ただの一間さえも空けて、迎うる家なし。君よ、この心に来たり住みたまえ」♪（聖歌136番1節）。このクリスマス、誰を、あなたは、あなたの心の家にお迎えするのでしょうか？。

Merry Christmas and a happy new year! 何とまあ気の早いことを、と思われるかも知れません。しかし、世界共通の教会暦に従えば、Advent、すなわち待降節に入ることによって新しい一年がスタートします。待降節は、クリスマスに先立つ4週間前の日曜日から始まります。今年は12月3日からでした。クリスマス自体は、キリスト生誕祭と言いますが、実際の誕生日は全く分かりません。それどころか、生誕年さえ、研究が進むにつれてB.C.3年からB.C.6年まで遡っています。クリスマスという祝祭の由来は、ヨーロッパに住む人々が冬至の頃に祝っていた異教の祭りをキリスト教に同化させて、クリスマスとして祝うようになったことにあるとされています。その意味では大いなる嘘ですが、イエス・キリストは歴史上実在の人物ですから誕生日があるのは当然で、見方を変えればクリスマスはまさにイエスの誕生をお祝いする日です。

さて、Advent とは、ラテン語の adventus に由来する言葉です。Adventus は「来る。到着する。現れる」という意味の advenio という動詞の完了分詞で、本来は「来た」という意味です。有名な讃美歌の「もろびとこぞれり」に出てくる「主は来ませり」と同じです。ところが、Advent という言葉には、神の子の生誕を待ち望むというニュアンスがあります。たしかに、イエスの誕生日を待ち望むのだから当然ではありますが、しかし、それのみに尽きるわけではありません。実は、復活したイエス・キリストは天に帰られましたが、再び来られることが約束されているのです（たとえば使徒伝1:9-11参照）。すなわち、およそ2000年前に来られたときと同じように、再び来られるであろうイエスに対して、「主よ。来てください！」と切に待つことが Advent です。Ⅰコリント書16:22には「主を愛さない者はだれでも、のろわれよ。主よ、来てください」とあります。「のろわれよ」とは「アナテマ（anathema）」で、「来てください」は「マラナ・タ（marana tha）」という言葉です。この marana tha は、ヘブル語です。また、黙示録22:17にも「御霊も花嫁も言う。『来てください。』これを聞く者は、『来てください。』と言いなさい」とあります。一年の終わりであり、また始まりであるこの季節に、キリスト者は、このマラナ・タを、心新たに祈ることになります。『主イエスよ、来てください』（黙示録22:20参照）。

在外研究でドイツにいた際、クリスマスについて興味深い思いをしたことがあります。ドイツでもカトリックのいわゆる聖人を記念する日がありまして、たとえば 11月11日は Martinstag といって Sankt Martin（聖マルティヌス）を祝う日です。初めは宗教改革で有名な Martin Luther の記念日だと思いましたが、実は、Luther は11月11日生まれなので、Martin と名づけられたことを、後でドイツ人から教わりました。この日は、夕方（といっても夜ですが）子どもたちが Laterne（ランタン）を持ってそこいら中の家を廻ってお菓子をせしめるという、まるでアメリカの Halloween と同じようなことをしていました（うちの（当時）3人の子どもも面白がって、近所のパン屋さん（Baeckerei）からお菓子をせしめていました）。また、12月6日は Nikolaustag といって Sankt Nikolaus（聖ニコラウス）を記念する日です。この日（の前夜）、伝承によれば、聖ニコラウスは片手に贈り物の袋、片手に小枝の鞭をもって現れる老人です。鞭をもっているのはやんちゃな子どもを懲らしめるためで、なまはげと似ていますし、そういえばサンタ・クロース（Santa Clause）も「良い子はどこかなあ」とやってきますよね。何より、すがたかたちが Santa とそっくりなのです。

ドイツでもサンタさんは存在します。彼は12月24日に現れます。名前は Weihnachtsmann。言ってみればクリスマス・マンです（何だかウルトラマンみたいだなあ）。おそらく、第2次世界大戦直後、連合国の占領下にあったドイツにアメリカ文化が入ってきた際に浸透したものでしょう。「ということは、Sankt Nikolaus と Weihnachtsmann は同一人物だ」と思ってドイツ人に尋ねると、「いや、違う人物だ」とあっさり否定されました。いや、厳し～い！（そんなに厳密に区別しなくてもいいのにね）。きっと、Sankt Nikolaus は歴史上実在の人物であるのに対し（小アジア（トルコ）の人だと言われています。ついでに言うとドイツの風習にもなっています）、Weihnachtsmann は（たとえ Sankt Nikolaus に由来していたとしても）オランダ経由でアメリカに渡った架空の人物だというのでしょう。日本でも、最近のクリスマスはキリスト教とは関係がないところでお祝いされていて、ほとんど商業主義の顕れですね。しかも、主役はサンタです。笑い話で、「教会でもクリスマスをお祝いするのですか？」と真面目に尋ねる人がいる、という本当か嘘か分からないジョークがありますが、まさに日本において（ある意味で本場アメリカにおいても）クリスマスの主役はサンタです。そう考えると、厳密なドイツ人の考え方も、意外と意味があるように思えてきます。クリスマスの主役をサンタという架空の人物にするよりも、イエスという実在の人物に目を向けることのほうが大切なのではないでしょうか？。クリスマスとは、およそ2000年前に生まれた一人のユダヤ人を、ただの人として考えるのか、それとも神の子として、一生涯信頼し信仰して歩んでゆくのかという人生の分岐点を意味するものだからです。

ローマ書7:25で、「私たちの主イエス・キリストのゆえに、ただ神に感謝します」と叫んだパウロは、「ですから、この私は、心では神の律法に仕え、肉では罪の律法に仕えているのです」と言います。そして、「こういうわけで、今は、キリスト・イエスにある者が罪に定められることは決してありません」（ローマ書8:1）と続けます。何だか、キリストのゆえに神に感謝するパウロは、それゆえに、肉においては「罪の律法」に仕え（＝奴隷として仕え）、それゆえに、罪に定められないのだ、と言っているようです。「罪の律法」に仕えることは、むしろ罪に定められるように思えませんか？。何となくおかしな物の言い回しですね。

この疑問を解くために、テクストを読み進めてみましょう。「なぜなら、キリスト・イエスにある、いのちの御霊の原理が、罪と死の原理から、あなたを解放したからです」（ローマ書8:2）。「原理」と訳されている言葉 nomos は「律法」を表す言葉でもありますから、これは、ローマ書7:6が「自分を捕えていた律法に対して死んだので、それから解放され、その結果、古い文字にはよらず、新しい御霊によって仕えているのです」と言っていることの繰り返しであると言えます。このことの理由は、ローマ書8:3-4に書かれています。「肉によって無力になったため、律法にはできなくなっていることを、神はしてくださいました。神はご自分の御子を、罪のために、罪深い肉と同じような形でお遣わしになり、肉において罪を処罰されたのです。それは、肉に従って歩まず、御霊に従って歩む私たちの中に、律法の要求が全うされるためなのです」。律法がなしえなかったこととは何か？。それは、人をいのちに導くことです（ローマ書7:10参照）。何故になしえなかったか？。それは、肉＝人間の実在（もちろん罪の支配下にある存在）を通して律法が弱められてしまった（直訳：病気になった）からです。しかし、神は人間をいのちに導きました。それは、「ご自身の御子」を、創造主という栄光の霊という存在であったにもかかわらず、被造物である、しかも罪にまみれた「肉」の姿・形でこの地上に遣わし、十字架の上で、イエス・キリストの「肉」において罪を処断するという方法においてでした（ピリピ書2:6-8参照）。それは何のためであったか？。肉ではなく、御霊に従って歩む私たち人間のうちに「律法の要求」が全うされるためでした。

「律法の要求」とは「律法の正しさ＝義」と訳すこともできる言葉です。パウロが「肉では罪の律法に仕えている」と言うとき、まさに、人間として、古い文字による律法によって、ただひたすら死に向かっているのだと言いたいのではないでしょうか？。創造主の霊であるキリストが人間の肉体をまとうイエスとしてこの地上にお生まれになったことを受肉と言いますが、キリストの受肉は、キリストがこの（罪の、肉の）律法をも成就させるべく（マタイ伝5:17-18参照）、ひたすら死に向かって歩み始める第一歩でした。しかも、ただの死ではない。罪のための死、刑死です。「罪の律法」も神が書かれたものであるという点では、「神の律法」と異なりません。そうです。神の書かれた律法に従い、罪ある人間にふさわしく刑死することにより、律法の正しさを示してくださいました。しかも、それのみではない。キリストは、神の偉大な力によって甦らされることにより（ローマ書8:10-11参照）、すべての人を生かす（「最後のアダムは、生かす御霊となりました」（Ⅰコリント書15:45参照）とあります）という律法の本来の機能を回復させたのです。ですから、「キリスト・イエスにある、いのちの御霊の律法が、罪と死の律法から、あなたを解放した（自由にした）」のです。すべては、「肉」＝人間に起因するのではなく（まして人間の自由意志に基づくのではなく）、キリストにおいて全うされました。そのキリストが、十字架の死を目指すべく、この地上に来てくださったのがクリスマスです。厳粛な思いでキリストの降誕をお祝いしましょう。Merry Christmas! （つづく）

幼子イエスという肉（sarks ＝血肉）の姿をとって創造主が地上に来てくださったのがクリスマスです。それでは、罪を処断するために（ローマ書8:3）、イエスの血肉はどうなったのでしょうか。ヘブル書の記者は、旧約聖書における神殿での礼拝、すなわちいけにえを捧げる儀式を完全に充たすいけにえとして、イエス・キリストの血肉が捧げられたものと見ています（ヘブル書10:10-14参照）。「こういうわけですから、兄弟たち。私たちは、イエスの血によって、大胆にまことの聖所にはいることができるのです。イエスはご自分の肉体という垂れ幕を通して、私たちのためにこの新しい生ける道を設けてくださったのです」（ヘブル書10:19-20）。また、ヨハネは言います。「イエスは彼らに言われた。『まことに、まことに、あなたがたに告げます。人の子の肉を食べ、またその血を飲まなければ、あなたがたのうちに、いのちはありません』」（ヨハネ伝6:53）。そうです。イエスが制定された聖餐です（マタイ伝26:26-29,マルコ伝14:22-25,ルカ伝22:14-23,Ⅰコリント書11:23-32参照）。

ところで、パウロはこの聖餐を論じるにあたって、偶像礼拝との関係で興味深いことを言っています（Ⅰコリント書10:14-22参照）。偶像礼拝は、ただの木偶の坊を神として拝むことであり（イザヤ書44:9-20参照）、十戒でも筆頭に禁止されている行為です（出エジプト記20:3-6）。「あなたがたが主の杯を飲んだうえ、さらに悪霊の杯を飲むことは、できないことです。主の食卓にあずかったうえ、さらに悪霊の食卓にあずかることはできないことです」（Ⅰコリント書10:21）。もちろん、パウロも木偶の坊は木偶の坊に過ぎないことぐらい分かったうえで（「私は何を言おうとしているのでしょう。偶像の神にささげた肉に、何か意味があるとか、偶像の神に真実な意味があるとか、言おうとしているのでしょうか（Ⅰコリント書10:19）」）、偶像礼拝は悪霊と交わる杯を交わすことだと論じるのです。悪霊も、被造物であるとはいえ、霊として存在するため、人間世界に悪しき影響を与えるためには、罪と同じように「機会」、すなわち「足がかり」として（ローマ書7:8参照）、人間を必要としています。ですから、そこに何らかの霊の働きがあると思って偶像を礼拝するならば、悪霊は喜んで機会を捕らえ、私たちが罪の奴隷になることを面白げに眺めることとなるでしょう。

翻って考えますと、聖餐もまた、理屈のうえでは同じことになります。キリストが再び来るときまで、主イエスの死を告げ知らせるべく聖餐が執り行われるとき、多くの人々のキリスト信仰が集います。御霊なる神は、そのような聖餐式という機会をご自身の御業が働かれるところとして、特別に祝福されるのです。聖餐については、聖餐式で食するパンと葡萄酒（あるいはぶどうのジュース）が、感謝と祈りによって本当にイエスの血肉になるのだとする化体説と、あくまでパンと葡萄酒はイエスの血肉を象徴するものに過ぎないという象徴説とが対立していますが、先程述べたように考えると、どちらでも良いことになりますね。ただ、悪霊の場合と決定的な違いがあることは忘れてならないでしょう。すなわち、神＝キリスト＝聖霊（三位一体の神です）は創造主であると言うことです。言い換えれば、神は、悪霊のように人間を必要とはしていません。「石ころ」からでも人間を造りうる創造主だからです（マタイ伝3:9参照）。しかし、神はもっと（この上もなく）素晴らしいことをなさいました。霊的存在である神ご自身が、人間を利用するのではなく、自ら人間と同じ姿で地上に降り立つという「超裏技」を成功させ、すべての人を救う手続を終わらせてくださったのです。やっぱり、クリスマスって、本当にお祝いすべき祝祭なんですね。Frohe Weihnachten und ein glueckliches neues Jahr!

12月22日、Olive 聖研の Christmas 会がありました。OG の人も含めて7名の参加で、16時30分から18時までは聖研を中心に、18時から21時までは、楽しい、美味しい食事を中心に、クリスマスのひとときを過ごしました。聖研のほうは、冒頭に挙げた聖句を眺めただけで消化不良に終わった部分もありましたが、美味しい食事はあっという間に消化完了しました。とはいえ、この聖研でも一つの疑問点が浮かび上がりました。それは、「肉」と「御霊」（あるいは「霊」）とは、一体何なのだろうと言うことでした。たしかに、ローマ書8章に入ってから、この「肉と御霊」の対比が始まります。何を指すのか。テクストを見てみましょう。「なぜなら、肉に従う者は肉のことを思い、霊に従う者は霊のことを思うからである」（ローマ書8:5・口語訳。新改訳が「もっぱら」とか「ひたすら」と訳した単語は原文にはなく、全くの意訳です）。「肉に従う者」とは何でしょう。ギリシャ語では kata sarkos です。前回の聖研や聖研のイロハ：ソでも触れましたが、この sarkos とは血肉、つまりは人間を指すのでしょう。前置詞の kata は「～の下に」という言葉ですが、ローマ書6:15や7:14の言う「律法の下に」「恵みの下に」「罪の下に」で使われる前置詞 ypo とは違います。ローマ書でのパウロの用法からは、むしろ「～に基づいて」というニュアンスであろうと思います。すると、「霊に従う者」は「霊（御霊）に基づく者」と言うことになるでしょう。肉に従う者は人間に基準を置く者であり、霊に従う者は「霊」に基準を置くと言うことになります。つまり、「肉のことを思い」「霊のことを思う」というローマ書8:5の対比につながるわけです。でも、抽象的ですね。

そこで、ローマ書8:6は「肉の念（おもい）は死なり、霊の念は生命（いのち）なり、平安なり」（文語訳）と続けます。この「念＝思い」は、ローマ書8:5で使われている「思う＝考える」という動詞 phroneo の名詞形 phronema です。この phroneo は、たとえば、ピリピ書3:19（「彼らの最後は滅びです。彼らの神は彼らの欲望であり、彼らの栄光は彼ら自身の恥なのです。彼らの思いは地上のことだけです」）やコロサイ書3:2（「あなたがたは、地上のものを思わず、天にあるものを思いなさい」）では、人の関心事がどこに向けられているかを表しています。マタイ伝16:13-23で、ペテロが歴史的信仰告白（「あなたは、生ける神の御子キリストです」）をしたにもかかわらず、イエスが受難の告知をされると、イエスをいさめ始めます。しかし、イエスは「下がれ。サタン。あなたはわたしの邪魔をするものだ。あなたは神のことを思わないで、人のことを思っている」と厳しい指摘をします（マタイ伝16:23）。この「思っている」もまた phroneo です。そうすると、テクストは「人間のことを考えると死に至り、霊すなわち御霊（＝神）のことを考えるといのちと平安に至る」と理解されることになるでしょう。

ところが、そのように理解することは、「肉の思い」（phronema tes sarkos）と「御霊の思い」（phronema toy pneymatos）を「肉を思う」「御霊を思う」という目的語的属格で読んでいることになります。「イエス・キリストの信仰を通じて」でも見たように、「肉が思う」「霊が思う」と考えるとどうでしょうか。とくに「霊が思う」という「霊」は一体何でしょうか。もし「私たちの霊」と読むと落ち着きが悪くなりますね。やはり「神」の霊でしょうか。「肉の思い」というのは、つまりは「死」です。人間が考えようが、人間のことを思おうが、その行き着くところは死です（ローマ書6:21-23参照）。しかし、「霊の思い」は「いのち」と「平安」であると言うのです。「いのち」は、たとえば、ローマ書6:23,7:10&8:3から読みとることができます。神は、人間にいのちを得て欲しいという思いをもっている。生きていて欲しいという思いです。だから「肉の思い（＝死）は神に対して反抗する」わけです。「それは神の律法に服従しません。いや、服従できないのです」（ローマ書8:7）。では、「平安（＝平和）」のほうはどうでしょう。「ですから、信仰によって義と認められた私たちは、私たちの主イエス・キリストによって、神との平和を持っています」（ローマ書5:1）。「キリストこそ私たちの平和であり、二つのものを一つにし、隔ての壁を打ちこわし、ご自分の肉において、敵意を廃棄された方です」（エペソ書2:14-15a）。また、「貞操のない人たち。世を愛することは神に敵することであることがわからないのですか。世の友となりたいと思ったら、その人は自分を神の敵としているのです」（ヤコブ書4:4）とも書いてあります。そうです。死に行き着く肉の思いにとらわれていないで、私たち人間が、キリストにおいて神の差し出す和平条約に調印して生きることを願っている。これが「御霊の思い」であり、「神の願い」です。（つづく）

現在の壱万円札の肖像は福澤諭吉翁ですが、一昔前までは聖徳太子の肖像が使われていました。7世紀の日本史に登場する（実在 or 伝説の）政治家で、「以和為貴（和を以て貴しとす）」で有名な十七条憲法を制定し、後に遣隋使を派遣した際、その親書に「日出処天子（日いづるところの天子）」と自己紹介をした、あの聖徳太子です。現在の日本の名と実を創設した人物かもしれませんね。この聖徳太子の幼名は遠戸豊聡耳 (うまやどのとよとみみ) 皇子でした。「うまや」というのは「厩」、つまり「馬小屋」です。この頃にはヨーロッパを席巻していたキリスト教の「キリスト降誕」の話からの名前として、聖徳太子の神格化が図られたといえるでしょう。

さて、現在私が集っていますＳ教会では、このアドヴェントにルカ伝2:12節から「救い主のしるし」と題して、3週にわたり、Ｓ牧師から説教がなされました。それは、「布にくるまれ」、「飼い葉桶の中に」眠っている「乳飲み子を」救い主のしるしと天使たちが告げたことに焦点を合わせたものです。「布にくるまれ」も、とても祝福された説教でした。英語では「wrapped in swaddling cloths」と言います。この swaddling というのは包帯みたいなものでグルグル巻きにする様を言います。生まれたときから、死人（ミイラ）のような格好をしていたということで、十字架の死をちょっと予感させてくれそうですね。しかし、それ以上に感動的だったのは、「飼い葉桶の中に」のメッセージでした。飼い葉桶は、家畜小屋の家畜に食料を与えるために用いられるもので、飼い葉桶はただの飼い葉桶に過ぎません。ところが、そこに神の御子キリストが寝かされたことにより、飼い葉桶の本来の機能を知らない人でさえ、飼い葉桶がキリスト降誕劇に欠くことのできないものとして、広く知られるようになります。もし「飼い葉桶組合」なるものがこの世に存在するならば、幼子イエスを寝かせた飼い葉桶は一躍大スターとなったことでしょう。ここでメッセージは、この飼い葉桶こそ私（私たち）なのだと続くのです。心に迫ってくるのです。私のようなものを、神様は敢えて選んで、ともに住み、ともに生きてくださる。その感動が溢れたメッセージでした。

キリストを信じたら良い人になれますか？。ある意味で yes ですが、ある意味では no です。何も変わりません。でも、その人のうちに確かな変化があるのです。それがキリストです。「インマヌエル（immanuel）」、つまり、神様が私たちとともにおられる（マタイ伝1:23）ことこそが確実な、そして決定的な変化なのです。しかし、そのために神様の側が、キリストの側がしなければならないことがありました。神の霊であるキリストが、何にも制約を受けずに働かれるはずのキリストが、被造物とは言え、限界のある肉の姿をとってこの地上に来られなければなりませんでした。まさに「神のあり方を捨てる」行為でした（ピリピ書2:6）。清水の舞台から飛び降りるような感覚であったかもしれません。飛び降りたところ、そこに奇跡が起こりました。受肉という奇跡です。母マリヤの体内に宿ったときがその第一歩。そして出産。でも、出産の時から、死の影はつきまといます。聖書にも、ヘロデ王が殺害を計画したとあります（マタイ伝2:16-23）。しかし、神様は、すべてのことを働かせて赤ちゃんイエスを、人間イエスを守られました。ただ、その守りは、十字架の死という時に至るためでした。そのように深遠な神のご計画を覚えつつ、20世紀最後のクリスマスを中国語でお祝い致しましょう。祝賀、聖誕節、快楽！

新約聖書が書かれた時代、「聖書」と呼ばれたものは旧約聖書でした。この旧約聖書を引用して新約聖書が書かれました。ヘブル語の旧約聖書をギリシャ語にするのには、主として、当時出ていた旧約聖書のギリシャ語訳（これを「七十人訳」と呼んでいます）を用いるか、新約の記者がヘブル語聖書を直接に翻訳するかの二つの方法がありました。ところが、引用というからには一言一句正確に翻訳し、引用してあるかというと、必ずしもそうではありません。たとえば、マタイ伝2:6では、「『ユダの地、ベツレヘム。あなたはユダを治める者たちの中で、決して一番小さくはない。わたしの民イスラエルを治める支配者が、あなたから出るのだから。』」とミカ書5:2が引かれていますが、ミカ書では「あなたは…最も小さいものだが」とあり、文法上は明らかに逆の引用がされています。もちろん文脈のうえからは、「小さい、無名の町からイスラエルの王が出る」と言うことですから、誤った引用と言うわけではありません。このような引用のことを「自由な引用」と呼んでいます。「自由な引用」を多く用いているとされるパウロもまた、たとえば、ローマ書14:11で「次のように書かれているからです。『主は言われる。わたしは生きている。すべてのひざは、わたしの前にひざまずき、すべての舌は、神をほめたたえる。』」とイザヤ書45:23を引きますが、原文（イザヤ書45:23-24a）を見ると「わたしは自分にかけて誓った。わたしの口から出ることばは正しく、取り消すことはできない。すべてのひざはわたしに向かってかがみ、すべての舌は誓い、わたしについて、『ただ、主にだけ、正義と力がある。』と言う」とあり、かなりの添削をしていることが分かります。

それでは、新約聖書が旧約聖書の引用として引いている箇所が、実際の旧約聖書に見出すことができないようなことはあるのでしょうか。あります。マタイ伝2:23では、「そして、ナザレという町に行って住んだ。これは預言者たちを通して『この方はナザレ人と呼ばれる。』と言われた事が成就するためであった。」とありますが、これを直接にあらわす旧約聖書の箇所はないと言われています。しかし、この箇所は、イザヤ書11:1の「若枝」と「ナザレ人」の音が共鳴し合っており、また、複数の預言者たちの言葉が貧しい田舎町で育ったキリストが蔑まれている様子を語っていることから、この引用も誤ったものではないと理解されています（これが直接の引用だったことにつき「言葉遊び－ひこばえ」を参照されたし）。そして、もう1箇所ありました。Olive のヤコブ書聖研でヤコブ書4:5-6がテーマとなったときのことです。「それとも、『神は、私たちのうちに住まわせた御霊を、ねたむほどに慕っておられる。』という聖書のことばが、無意味だと思うのですか。しかし、神は、さらに豊かな恵みを与えてくださいます。」という御言葉は旧約のどこに出てくるのかという疑問が提起されました。確かに、「ねたむほどに慕っておられる」という箇所は、新改訳聖書の脚注部分にゼカリヤ書1:14&8:2が引かれているのですが、全体としてこのような旧約聖書の箇所はないようです。ドイツ語の聖書を見ても、わざわざ「旧約聖書にはない」と注を付したり（Zuericher Bibel）、マタイ伝2:23と同様の扱いで記していたり（Luther 訳聖書）と、取り付く島もありません。注解書もまた同様で、「旧約聖書全体の思想を引いているのだ」と説明がしてありました。本当に、そうなのでしょうか。

ヤコブ書4:5の原語の構文に従って、若干意訳してみましょう。「あなたたちはこの聖書が空しいものだと思うのか。聖書は言う。神はねたむかのごとく熱愛する。私たちの間に住まわせたこの霊を」。ところが、ゼカリヤ書1:16は、「ねたむほど激しく愛した」（ゼカリヤ書1:14）を受けて、「それゆえ、主はこう仰せられる。『わたしは、あわれみをもってエルサレムに帰る。そこにわたしの宮が建て直される。－万軍の主の御告げ。－測りなわはエルサレムの上に張られる』」と言います。これは、とこしえに神が住むためにソロモンが造った神の宮（神殿）に帰って住むと言うことではないでしょうか。「シオンをねたむほど激しく愛し、ひどい憤りでこれをねたむ」神は（ゼカリヤ書8:2）、また、こう言われます。「わたしはシオンに帰り、エルサレムのただ中に住もう。エルサレムは真実の町と呼ばれ、万軍の主の山は聖なる山と呼ばれよう」（ゼカリヤ書8:3）。こう考えると、「ねたむほどに愛する」→「人間の中に住む」という構図は、まさしくヤコブ書4:5の構文と一致します。それどころか、それに引き続く箇所を読むとき（たとえば、ゼカリヤ書1:17や8:4-8&14-23）、「しかし、神は、さらに豊かな（いや増しに－口語訳聖書）恵みを与えてくださいます」という、続くヤコブ書4:6aも旧約聖書の引用なのではないかとさえ思えてきます（現に新共同訳聖書では引用文の中に入っています）。しかも、「いや増しに」という構図は、パウロもとっているものなのです（比類なき神の恵み及びローマ書5:20参照）。

こう考えると、ヤコブ書4:5-6aは、明らかにゼカリヤ書の1:14以下&8:2以下からの「自由な引用」と言えるでしょう。では、なぜ多くの注解書は気づかないのでしょうか。それは、聖研のイロハ：トでも触れたように、ユダヤ人キリスト者に送られた、しかも、イエス・キリストがしてくださった福音の御業にほとんど触れていないような、倫理を教える書簡でしかない、という前提でヤコブ書を読むからではないでしょうか。実際、「キリスト」という言葉は２回しか出てきませんが、「知恵」「良い贈り物」「完全な賜物」「真理の言葉」「完全な律法」「自由の律法」「最高の律法」「あわれみ」「完全な人」「平和をつくる人」そして「人殺し（実は神殺し）」という隠れた言葉で、主イエスのことを伝えているのがヤコブ書なのです。実は、ヤコブ書4:5に登場する「霊（pneyma）」が何を表すのかについては神学上も議論があり、解釈上困難な箇所だと言われています。しかし、聖研のイロハ：ニで触れたように、二通りの人々に語られているとしたら、どうでしょうか。キリストを知らないユダヤ人たち（non messianic Jew）に対しては、創世記2:7で神が吹き込まれた息＝霊を意味するものとして、「神は人間を激しく愛しておられるのだよ」と言い、キリストを知るユダヤ人たち（messianic Jew）に対しては、この世に来られたインマヌエル（「神われらとともにいます」。マタイ伝1:23参照）なるイエスを意味し、さらには、五旬節（ペンテコステ）の日に降った聖霊＝御霊（使徒伝2:1-4）を意味するものとして、「あなたたちのうちには御霊がいらっしゃるのだよ」と語りかける。あるいは、福音書におけるイエスのように、創世記の知識をもつユダヤ人には当然の話のようでありながら、「あなたたちのうちにはキリストが、御霊がいらっしゃるのだ」ということを示すたとえの役割を果たす（＝聞く耳のある者にしか真の意味は理解できない）ものであったのかも知れません。これを、ヤコブ特有の、非常に良く練られた「自由な引用」と言わずして、何と言うのでしょうか。マタイやパウロが旧約聖書本文にとらわれずに引用することを「自由な引用」として認めておきながら、ヤコブにはこれを認めないというのは、フェアでないどころか、すでに「いじめ」の領域に入っているとしか言えませんね。ヤコブ書聖研は、ますます過激になってゆきます。

2001年にあたり新しいシリーズを始めることに致しました。理由は？、といえば、第１に、今年度も残り少なくなり、また、春休みになるとローマ書聖研はお休みですので、何かを書いておかないと「聖研のイロハ」がアップできないという、いささか本末転倒の理由があります。第２に、本業が忙しくなり、今までどおりの更新ペースが保てそうになく、間延びしてしまうことを避けたいという思いがあります。しかし、第３の、そして、本当の理由は、Olive Evening Bible Study（毎月第2･4木曜日午後7時30分～9時15分）で読み続けているヤコブの手紙が私たちに与えてくれる恵みの素晴らしさを伝えたいという願いがあるからです（聖研のイロハでは何度か採り上げましたね）。

さて、第1回目は、この手紙の読者に関する箇所を見てみましょう。この手紙は、主イエスの兄弟であり、エルサレム教会の指導者となったヤコブが、「国外に散っている十二の部族」に送った手紙です。聖研のイロハ：ニでも触れたように、この手紙はユダヤ教の会堂（ヤコブ書2:2参照）で朗読されたと思われます。当時のキリスト教は、ある意味で未だユダヤ教とは不分離の状態であり、キリスト教はユダヤ教の一派（ナザレ派）と考えられてきました。おそらくは、ユダヤ人だけが信仰していた宗教であったでしょう（ユダヤ人でありながらイエスをキリスト（メシヤ）と信じていた人々のことを、これからは messianic Jewと呼び、MJ と略称しましょう）。とにかく、その会堂には、未だキリストを信じないユダヤ人（non (yet) messianic Jew：non MJ）が多数いたと思われます。ヤコブは、この non MJ の人たちにも手紙を書き送っていたはずです。その窮極のメッセージは、イエスがキリストであるということでなくて何でしょう。一般の注解書では、ヤコブ書はエルサレムから散っていったユダヤ人クリスチャンを励まし、矯正するために書かれたと理解するのですが、本当にそうでしょうか？。「イエス・キリスト」を明示的に記しているのが2箇所しかないから、また、旧約聖書の話や律法についての言及が多いから、そのように理解するのでしょうか？。ヤコブ書はそんなに軽い手紙ではない！。Olive Evening Bible Study では、ヤコブがこの書簡の中に隠し、そして託したイエス・キリストのメッセージを尋ねつつ、聖研を続けています。そのようなメッセージが宝のように隠されてあるのを見出すことによって、この思いは、今や「自信から確信に」変わりつつあるのです。

さて、ヤコブ書1:9-11の「貧しい人と富める人」の逆説的対応関係を見てゆくと、何となくすっきりとした対応関係でないのに気づかれるでしょう。「貧しい」というのは「低い（卑しい：文語訳）」あるいは「へりくだった」という意味です。ところが「富んでいる人」は文字どおり財産をもてる人です。もし「貧しい人」を「へりくだった人」ととって MJ の人々ととると、「富める人」はすべて non MJ だったのでしょうか。たしかに、エルサレム教会に対する激しい迫害によって着の身着のままで散らされた MJ の人たちが貧しかったであろうことは分かります。同時に、アッシリヤ捕囚・バビロン捕囚という歴史をもつユダヤ人は、その後もいろいろな形で地中海世界の国に出てゆき、商売をして豊かになった人も多かったでしょう。そのような人々が、各地方で会堂を建て、そこで礼拝していました。しかし、富んでいる人でイエスをキリストと信じる人はいなかったのでしょうか？。そうは考えられません。「富んでいる人は、自分が低くされることに誇りを持ちなさい」（ヤコブ書1:10a）とあるのは、実際にキリストを信じ、へりくだっている「富める人」がいたことを表しています。しかし、その直後（ヤコブ書1:10b-11）、ヤコブは、富んでいる人が過ぎ去り、消えてゆくことを書き記しています。これは、「富める MJ」のために書かれただけではなく、お金がすべてであったかも知れない non MJ に向けて書かれた忠告でもあったでしょう。同じように、ヤコブ書4:13-16でも、商売をする人たちに向かって、「あなたがたは、しばらくの間あらわれて、それから消えてしまう霧にすぎません」と言っています。あなたがたの誇り高ぶりは空しい、と断罪します。このように、「富んでいる人」という言葉には二重性があり、ヤコブはこの key word により、MJ に対しても non MJ に対しても、それぞれにメッセージを送っているのです。

ローマ書7:7の御言葉に関連して、「貪（むさぼ）りとは、神の愛＝アガペーとは全く逆の方向性を有する奪う愛（エロス）を体現している」と申しました。有島武郎の小説ではありませんが、まさに、貪りとは「惜しみなく愛は奪う」の世界です。ところで、ヤコブが「自由な引用」（聖研のイロハ：ネ）をする前提として会堂（シナゴーグ）にいたすべてのユダヤ人たちを責めていたのは、次のようなことでした。「あなたがたは、ほしがっても自分のものにならないと、人殺しをするのです。うらやんでも手に入れることができないと、争ったり、戦ったりするのです。あなたがたのものにならないのは、あなたがたが願わないからです。願っても受けられないのは、自分の快楽のために使おうとして、悪い動機で願うからです。貞操のない人たち。世を愛することは神に敵することであることがわからないのですか。世の友となりたいと思ったら、その人は自分を神の敵としているのです」（ヤコブ書4:2-4）。この冒頭の部分を文語訳で見ると、「汝ら貪（むさぼ）れども得ず、殺すことをなし、妬（ねた）むことを為（す）れども得ること能はず」となっています。貪りとねたみ（zelow）とが一対になっています。ねたみもまた、自らにないものを羨みそねむところで、貪りと根は一つです。では、ヤコブ書4:5の「ねたむほどに」（原文は「phthonos に向けて」）とは、どういう意味でしょうか。神もまた eros の愛に身を焦がすことがあるのでしょうか？。「惜しみなく愛はねたむ」ことになるのでしょうか？

旧約聖書にも「ねたむ」と訳される言葉は2種類あって、驚くなかれ、神について用いられていることが多いのです。「kan-naw」と発音すると思われる「ねたみ」は、「あなたの神、主であるわたしは、ねたむ神」や「あなたはほかの神を拝んではならない。その名がねたみである主は、ねたむ神であるから」（出エジプト記20:5&34:14参照）という聖句に出てきます。「kin-naw」と発音すると思われる「ねたみ」は、とくにイザヤ書で「主の熱心（＝ねたみ）がこれをする」（イザヤ書9:6ほか参照）というときに用いられます。また、民数記5:11-31の「ねたみの場合のおしえ」は、妻が不倫をしたという疑いを夫がもった場合の教えです。そういえば、ヤコブ書4:4の「貞操のない人たち」は、「姦淫の女たち」と訳しうる言葉です。イスラエル王国とユダ王国をオホラ、オホリバという女性に見立てて彼女たちの（霊的な）姦通・淫行を責めるエゼキエル書23章を思い出します（その表現の激しさに、ユダヤ人たちは一定年齢に満たない者には（雅歌と同じく）エゼキエル書を読むことを禁じていました。映画の15歳R指定みたいなものです）。人間（とくにイスラエル人）に対する神の激しい思いを表す言葉であると言ってもよいでしょう。

しかし、神の愛は、奪っても奪ってもなお飽くなきところを知らないような「蛭」（箴言30:15-16参照）のようなものではありません。むしろ、神の場合は、田中澄江さんの著書のタイトルのように「惜しみなく愛は与える」のです。パウロもまた、「私たちすべてのために、ご自分の御子をさえ惜しまずに死に渡された方が、どうして、御子といっしょにすべてのものを、私たちに恵んでくださらないことがありましょう」と言っています（ローマ書8:32）。それゆえ、ヤコブはこう続けざるをえませんでした。「しかし、神は、さらに豊かな恵みを与えてくださいます」（ヤコブ書4:6a）。そうです。「神は、実に、そのひとり子をお与えになったほどに、世を愛された。それは御子を信じる者が、ひとりとして滅びることなく、永遠のいのちを持つためである」（ヨハネ伝3:16）。このヨハネの言葉こそが、ねたみにも似た神の愛の、ねたみとは正反対の本質を語っているのです。

では、早速ヤコブの手紙の中に隠されているイエス・キリストの足跡を探してまいりましょう。まず、ヤコブの手紙で最初に採り上げられるのは試練と忍耐です。「さまざまな試練に会うときは、それをこの上もない喜びと思いなさい。信仰がためされると忍耐が生じるということを、あなたがたは知っているからです」（ヤコブ書1:2-3）。たしかに「若いときの苦労は買ってまでも…」というように、試練が来ると忍耐が生じるのだから、すべてを喜びとして受け取りなさい、というのも肯けます。そして、「その忍耐を完全に働かせなさい。そうすれば、あなたがたは、何一つ欠けたところのない、成長を遂げた、完全な者となります」という言葉も説得力がありますね。でも、本当に「何一つ欠けたところのない…完全な者」になれるのでしょうか。人間、本当に忍耐を尽くすことができるのでしょうか？。文語訳聖書では、こう訳されているのです。「忍耐をして全き活動（はたらき）をなさしめよ。これ汝らが全くかつ備わりて、欠くるところなからん為なり」。原語もまた、忍耐が（すべてが終わったと言えるほどの）完全な働き（ergon teleion）を保つようにしなさい、というようなニュアンスです。この「忍耐」が「キリスト」なのではないでしょうか。「忍耐と励ましの神」（ローマ書15:5）や「イエスにある苦難と御国と忍耐」（黙示録1:9）という聖句や、「どうか、主があなたがたの心を導いて、神の愛とキリストの忍耐とを持たせてくださいますように」というⅡテサロニケ書3:5から見ても、この忍耐が意味するところは、十字架の死をも忍ばれた（ピリピ書2:6参照）ところのイエス・キリストです。ヤコブは、手紙の冒頭から、キリストが全き支配をなされるように願っているとも言えるでしょう。

次に出てくるイエスの足跡は「知恵」です。「あなたがたの中に知恵の欠けた人がいるなら、その人は、だれにでも惜しげなく、とがめることなくお与えになる神に願いなさい。そうすればきっと与えられます」（ヤコブ書1:5）。この「知恵」は、後に出てくる「上よりの知恵」（ヤコブ書3:17）と同様、「イエス・キリスト」です。「知恵の欠けた人」とは、未だ福音に出会っていないユダヤ人（non MJ）でしょう。その意味で、ヤコブの手紙は伝道的（evangelistic）です。イエス・キリストを宣べ伝えたいという、熱い思いが込められています。「私たちすべてのために、ご自分の御子をさえ惜しまずに死に渡された方が、どうして、御子といっしょにすべてのものを、私たちに恵んでくださらないことがありましょう」（ローマ書8:32）と言ったパウロと同じです。だから、続くヤコブ書1:6-8で「信仰の中で疑うことをせずに願うのだよ」と付け加えるのです。では、果たして多くの non MJ がイエス・キリストを信じたのでしょうか？。残念ながら、否です。それはなぜでしょうか？。神が人となったということが、ネックになったのです。あるいは、人を神とすることは十戒の禁ずる偶像礼拝であるから、あるいは、人間の常識では考えつくこともできなかったからかも知れません。人間の非常識をも神は常識と変えることができるということに信頼することが如何に困難であったか、それは現代でも同じであるかも知れませんね。

「神殺し」。こんな言葉を想像できるユダヤ人はいなかったのではないか。神は永遠の昔から永遠の未来に至るまでとこしえに生きる、目に見えないお方であると思っていたからです。しかし、受肉の奇跡を通して、イエス・キリストがこの世に来られてからは事情が変わりました。イエス自身が受難、つまり、殺されることを預言していました（マタイ伝16:21&17:23）。また、キリスト昇天後は、ペテロやステパノという弟子たちが、ユダヤ人に対して、こう言いました。「あなたがたは…不法な者の手によって十字架につけて殺しました」（使徒伝2:23）。「今はあなたがたが、この正しい方を裏切る者、殺す者となりました」（使徒伝7:52）。しかし、もっと厳しい言葉でユダヤ人の「神殺し」を糾弾するのがヤコブ書です。十戒にある「殺してはならない」をギリシャ語に置き換えた言葉は、phroneyo（殺す）です。ヤコブ書では、この phroneyo が一見文脈と関係なく、3回使われています。その3回ともが、イエス殺しを意味しています。

たとえば、ヤコブ書4:2です。「汝ら貪れども得ず、殺すことを為し」（文語訳）とあります。イエスを殺したのは、ユダヤ人が貪ったからだ、と言うのです。何を貪ったのでしょう。神の恵みです。永遠のいのちです。神そのものです。なぜ、貪ったが得られなかったのでしょう？。「汝ら求めてなほ受けざるは慾のために費やさんとして妄（みだ）りに求むるがゆえなり」（ヤコブ書4:3・文語訳）。求めて受けたとしてもそれを使い果たしてしまう、消費してしまう。神の充ち満ちた恵みを、ついには自分のものとして欲しくなり、イエスを殺してしまった、と言うのです。何と容赦のない糾弾でしょう。実は、神の選んだ民であるユダヤ人に対する容赦のない糾弾は、イエス自身もしていたことなのです。ヨハネ伝8:31-47の箇所です。ユダヤ人との論争の中、イエスを信じたユダヤ人たちに対して、「真理はあなたがたを自由にします」とイエスは語ります。アブラハムの子孫であるというプライドに頼るユダヤ人たちは「自分たちは誰の奴隷でもない」と答えます。イエスは、「罪を行う者はみな罪の奴隷であって、子のみが真に自由にすることができる」と言って、次のように続けます。「わたしは、あなたがたがアブラハムの子孫であることを知っています。しかしあなたがたはわたしを殺そうとしています。わたしのことばが、あなたがたのうちにはいっていないからです」。「あなたがたがアブラハムの子どもなら、アブラハムのわざを行ないなさい。ところが今あなたがたは、神から聞いた真理をあなたがたに話しているこのわたしを、殺そうとしています。アブラハムはそのようなことはしなかったのです」（ヨハネ伝8:37,39b-40）。

それでは、どうしてイエスを信じたユダヤ人がイエスを殺そうとしたのでしょうか。ヨハネ伝8:44は明確に答えます。「あなたがたは、あなたがたの父である悪魔から出た者であって、あなたがたの父の欲望を成し遂げたいと願っているのです。悪魔は初めから人殺しであり、真理に立ってはいません。彼のうちには真理がないからです。彼が偽りを言うときは、自分にふさわしい話し方をしているのです。なぜなら彼は偽り者であり、また偽りの父であるからです」。そう言えば、人類が死を内在するようになったのも、悪魔の仕業でしたね（創世記3章&2:17参照）。真理。すなわち、神は人間を生かしたい、そのために御子を世に遣わした。そのような真理に立たず、神は目に見えない方だからイエスが神であるなんてことはありえない、という尤もらしい嘘＝偽りを言うのが悪魔の悪魔たる所以です。神の言葉、すなわち神の意志こそ真理です。神の言葉を否定するとき、それはいのちの言葉であるイエス・キリスト（Ⅰヨハネ書1:1）を否定し、この世から抹殺してしまいます。イエスを信じたユダヤ人たちでさえ、人殺しであり、神殺しでした。悪魔のこのように巧みな尤もらしい嘘に騙されない、たぶらかされない方法はあるのでしょうか。ヤコブ書4:6b-7は言います。「ですから、こう言われています。『神は、高ぶる者を退け、へりくだるものに恵みをお授けになる』。ですから、神に従いなさい。そして、悪魔に立ち向かいなさい。そうすれば、悪魔はあなたがたから逃げ去ります」。

さて、イエスの山上の説教のごとくに、ヤコブ書1:12は言います。「試練に耐える人は幸いです」。試練に合格すれば「いのちの冠」を受けるからです。この「冠」という言葉は、初代教会における最初の殉教者ステパノ（使徒伝6:8-7:60参照）の固有名詞です。メシヤを信じたユダヤ人（MJ）にとっては、憧れの名だったのかも知れません。ところが、直後に妙な文章が出てきます。「だれでも誘惑に会ったとき、神によって誘惑された、と言ってはいけません。神は悪に誘惑されることのない方であり、ご自分でだれを誘惑なさることもありません」（ヤコブ書1:13）。何が妙なのか？。「誘惑」と訳される言葉が「試練」という言葉なのです。同じ言葉にもかかわらず、一方は「試練」というふうにプラス思考で訳され、他方は「誘惑」というふうにマイナス思考で訳される。いったい何を言おうとしているのか？。「試練＝誘惑」という言葉が key word です。おそらくは、キリストをメシアと信じたことのないユダヤ人（non MJ）たちが、貧しい境遇にある兄弟姉妹の窮状を見て、「それは神が誘惑しているんだよ。君たちの窮状は神が定めたことなんだから、どうしようもないんだよ」と、冷たく解説していたのかも知れませんね。あるいは、自分の都合が悪くなると、すべてを神の責任にしていたのかも知れません。しかし、ヤコブは言います。「神が誘惑したと言ってはならない。神は悪に誘惑されることも、人を誘惑することもないのだから」。では、なぜ誘惑は生じるのか？。「人はそれぞれ自分の欲に引かれ、おびき寄せられて、誘惑されるのです。欲がはらむと罪を生み、罪が熟すると死を生みます」（ヤコブ書1:14-15）。「愛する兄弟たち。だまされないようにしなさい」（ヤコブ書1:16）。そうです。悪魔の尤もらしい解説に騙されてはいけない。ヤコブは、「神が誘惑する」といった偽りの解説を否定しているのです。

では、偽りの解説に代わって、ヤコブはどのように解説するのでしょうか？。「すべての良い贈り物、また、すべての完全な賜物は上から来るのであって、光を造られた父から下るのです。父には移り変わりや、移り行く影はありません。父はみこころのままに、真理のことばをもって私たちをお生みになりました。私たちを、いわば被造物の初穂にするためなのです」（ヤコブ書1:17-18）。ここにイエスの足跡を見出すことができます。一つは、上より来る「良い、完全な賜物＝贈り物」です。そうです。「神は、実に、そのひとり子をお与えになったほどに、世を愛された。それは御子を信じる者が、ひとりとして滅びることなく、永遠のいのちを持つためである」（ヨハネ伝3:16）と書いてあるとおりです。もう一つは「真理のことば」です。「わたしが道であり、真理であり、いのちなのです」（ヨハネ伝14:6）、また、「初めに、ことばがあった。ことばは神とともにあった。ことばは神であった」（ヨハネ伝1:1）とあるとおりです。この「真理のことば」であるイエス・キリストは、人間を生かすために、この世に来ました（ヨハネ伝20:31参照）。誘惑は「罪の報酬」である死（ローマ書6:23参照）を生み出しますが、神は、試練をとおして、私たちを「真理のことば」にあるものとして生み出してくださいました。「今やキリストは、眠った者の初穂として死者の中からよみがえられました」（Ⅰコリント書15:20）。ですから、私たちも「被造物の初穂として」、よみがえりの希望に生きることができる。これが、ヤコブの伝えたかったことなのではないでしょうか。

マタイ伝21:1-11は、イエスのエルサレム入城を記しています。それは、「ろばの子」を見出す、一見、イエスの予知能力を示すような記録で始まります。予知能力の有無は大したことではありません。むしろ、「主がお入用なのです」（マタイ伝21:3）という言葉に注意してみたいと思います。全知全能、天地万物の所有者が「お入用」、つまり「必要なのです」と言うのです。本当でしょうか？。たしかに、マタイ伝21:5で引用されているゼカリヤ書9:9で預言されているとおりにエルサレムに入る必要があったのでしょう。「シオンの娘よ。大いに喜べ。エルサレムの娘よ。喜び叫べ。見よ。あなたの王があなたのところに来られる。この方は正しい方で、救いを賜わり、柔和で、ろばに乗られる。それも、雌ろばの子の子ろばに」。でも、なぜ「ろばの子」なのでしょう？。

ろばというのは、聖書において非常に興味深い動物です（エッセンシャル聖書辞典（1998年・いのちのことば社）730頁参照）。ろばは、聖書では非常によく見られる家畜です。農業や荷物・人間の運搬に用いられました。実は、イスラエル民族のリーダー（とくに士師（さばきづかさ）など）が、リーダーとしての乗用に用いたのがろばだったのです（士師記10:3-4,12:13-14など）。馬に乗ることは、神の喜ぶことではなかったようです。「王は、自分のために決して馬を多くふやしてはならない」（申命記17:16）。「神は馬の力を喜ばず、歩兵を好まれない」（詩篇147:10）。ゼカリヤ書9:10でも「わたしは戦車をエフライムから、軍馬をエルサレムから絶やす。戦いの弓も断たれる。この方は諸国の民に平和を告げ、その支配は海から海へ、大川から地の果てに至る」とあります。ですから、ろばは「平和」の象徴として、イエスのエルサレム入城になくてはならない存在だったのでしょう。

しかし、このゼカリヤ書9:9-10の預言は、弟子たちに理解されていませんでした（ヨハネ伝12:16）。群衆は、上着を地に敷き（Ⅱ列王記9:13で「エフーは王である」と人々が叫んだときにした行為）、また、棕櫚の枝を敷き詰めて（詩篇118:27と関連するか？）、こう叫びました。「ダビデの子にホサナ。祝福あれ。主の御名によって来られる方に。ホサナ。いと高き所に」（詩篇118:26-27参照）。「ダビデの子」という表現は、「祝福あれ。いま来た、われらの父ダビデの国に」というマルコ伝11:10の言葉と同様、待望の王が来たという群衆の熱気を表していると言えるでしょう。しかし、イエスの目指される道とは異なった方向でした。王が入城した。さあ即位だ、戴冠だ、という盛り上がりとは全く異なる道でした。イエスは「ユダヤ人の王」として、十字架で殺されなければならなかった（ヨハネ伝19:19-22参照）。そのためには、ユダヤ人の王として、ユダヤ人から迎えられなければならなかった。それも、ろばに乗って。ろばは、今一つ、イスラエル人にとって神へのささげものとならなかった、いえ、いけにえとなることを禁じられていた家畜です。たとえば、出エジプト記13:12-13では、「すべて最初に生まれる者を、主のものとしてささげなさい。あなたの家畜から生まれる初子もみな、雄は主のものである。ただし、ろばの初子はみな、羊で贖わなければならない。もし贖わないなら、その首を折らなければならない。あなたの子どもたちのうち、男の初子はみな、贖わなければならない」と書かれています（出エジプト記34:20）。ある意味で人間と同じように愛されているとも言えますが、別の意味では、人間と同様に欠けだらけのものであったと言うことができるでしょう。ろばという被造物に乗られた神の御子は、あの飼い葉桶に眠る幼子に似ています。そのような意味でろばを必要とされたイエスは、エルサレムに王として入城しました。そして、その週の第6日目、ユダヤ人の王イエスは、同じく人間の手によって十字架につくことになります。

「愛する兄弟たち。あなたがたはそのことを知っているのです」（ヤコブ書1:19a）。いったい何を知っていると言うのでしょう（「知っている」という言葉は、命令形の意味にもとれるものです）。それは、真理の言葉によって生み出された私たちが被造物の初穂として甦りの希望に生きることです。「だれでも、聞くには早く、語るにはおそく、怒るにはおそいようにしなさい」（ヤコブ書1:19b参照）とヤコブは命じます。そのような希望に生かされている人ならば、このようにすることができるでしょうね。でも、何についてでしょうか？。人生において「試練だ、誘惑だ」といって大騒ぎをする一大事＝困難なこと、あるいは不正、不当な取扱いでしょう。世の不正に対して、どんなに正当な利害関係を有する人が義憤をもって正当な意見を述べたとしても、神の目に十分ではありません。「人の怒りは、神の義を実現するものではありません」（ヤコブ書1:20）。神の義は、神ご自身が証明してこそ、必要かつ十分に実現されるものです。では、人はいったい何をすればよいのか？。ヤコブの用意した答えは、心に植え付けられた御言葉を受け入れ（＝聞き）、かつ、実行するということでした（ヤコブ書1:21-22参照）。

ここで、未だキリストを知らないユダヤ人（non MJ）ならば、十戒と律法を思い起こしたことでしょう。しかし、すでにキリストを知るユダヤ人たち（MJ）は、まさにイエス・キリストを思い出したに違いありません。「みことばは、あなたがたのたましいを救うことができます」（ヤコブ書1:21b）。後に、ヨハネが説いたように、キリストこそ神の御言葉そのものでした（ヨハネ伝1:1&Ⅰヨハネ書1:1参照）。そのキリスト、ヤコブ書1:25で言えば「完全な律法」、「自由な律法」を見つめていれば、いかなる状況にも対処することができる、つまり事を行うことができる（ここにイエスの足跡があります）。これに対して、十戒や律法の言うことを聞くけれども実行しない、いや、実行できない人々（とくに non MJ）は自分（の心）を欺いている。自分の宗教的信条を声高に主張するだけで、そのような人の信心（＝宗教）は空しい、とヤコブは言います（ヤコブ書1:22&26）。世の不正が罷（まか）り通るとき、最も助けを必要とするのは、孤児や生計を支える者がいない寡婦（現代風に言えば寡夫・寡婦）に代表される弱い人々です（ヤコブ書1:27参照）。地上において、イエスは、まさに「兄弟また姉妹のだれかが、着る物がなく、また、毎日の食べ物にもこと欠いているようなとき」（ヤコブ書2:15）に助けの手を差し伸べました。そのイエスの完璧な行ないを基準とし、目標として歩むことこそ、世の不正に流されることなく「この世から自分をきよく守る」唯一の方法です。では、なぜ「自由な律法」なのでしょう？。自由というのは「義務のない」ことです（マタイ伝17:26参照）。「義務のない律法」というのは意味不明・自己撞着なのでしょうか？。いいえ！。義務のないときに、敢えて弱い人々の側に立ったイエスの生き方こそが完成された生き方、つまり、「完全な律法（nomon teleion）」です。「キリストは律法の目標（telos nomoy）であります」（ローマ書10:4・新共同訳）と記されているとおりです。

「ウツの地にヨブという名の人がいた。この人は潔白で正しく、神を恐れ、悪から遠ざかっていた」という書き出しで始まる旧約聖書のヨブ記は、知恵の文学としても高く評価されています。神がサタンに対してヨブのことを誇ったがために（ヨブ記1:8&2:3）サタンに二度も試みられることになったヨブは、「私は裸で母の胎から出て来た。また、裸で私はかしこに帰ろう。主は与え、主は取られる。主の御名はほむべきかな」と神を賛美し、「私たちは幸いを神から受けるのだから、わざわいをも受けなければならないではないか」と言って、罪を犯すようなことを口にしませんでした（ヨブ記1:20-22&2:9-10参照）。しかし、その重い皮膚病（悪性の腫物）は治りません。そのうちに、家族への災難とヨブの病の報を耳にした3人の親友が訪ねてくるのですが、あまりの病状に7日7夜、ヨブと親友たちとの間には無言の時が過ぎゆきます（ヨブ記2:11-13）。口を開いたヨブは自分の生まれた日を呪い、何故の苦しみなのかが分からないと訴え始めます（ヨブ記3:1,3&20-23）。これに対して3人の親友は、この苦しみの原因はヨブが罪を犯したからだとして、悔い改めるように説き伏せようとします。ここに、ある意味で果てしのない論争が繰り広げられることになります。この論争が激する中で、ヨブは「義人がなぜ苦しむのか」という疑問を神に激しく問うようになります。理由のない苦しみにヨブはこう叫びます。「私は神に言おう。『私を罪ある者となさらないように。なぜ私と争われるかを、知らせてください』」（ヨブ記10:2）。「ああ、できれば、どこで神に会えるかを知り、その御座にまで行きたい。私は御前に訴えを並べたて、ことばの限り討論したい。私は神が答えることばを知り、私に言われることが何であるかを悟りたい」（ヨブ記23:3-5）。

自らの潔白を神に主張したいとするヨブに対して、3人の親友の従者であるエリフは、優しくも厳しく論じます。「聞け。私はあなたに答える。このことであなたは正しくない。神は人よりも偉大だからである。なぜ、あなたは神と言い争うのか。自分のことばに神がいちいち答えてくださらないといって」（ヨブ記33:12-13）。そして、ついに神が登場します。「知識もなく言い分を述べて、摂理を暗くするこの者はだれか。さあ、あなたは勇士のように腰に帯を締めよ。わたしはあなたに尋ねる。わたしに示せ」（ヨブ記38:2-3）。「さあ、あなたは勇士のように腰に帯を締めよ。わたしはあなたに尋ねる。わたしに示せ。あなたはわたしのさばきを無効にするつもりか。自分を義とするために、わたしを罪に定めるのか」（ヨブ記40:7-8）。神は、なぜ義人が苦しむのか、という問いには答えてくれません。しかし、ヨブは「あなたには、すべてができること、あなたは、どんな計画も成し遂げられることを、私は知りました。…私はあなたのうわさを耳で聞いていました。しかし、今、この目であなたを見ました。それで私は自分をさげすみ、ちりと灰の中で悔い改めます」（ヨブ記42:1-6参照）と納得してしまいました。これは、どう考えたらいいのでしょう？。神は、不当にも答えることをしなかったのでしょうか？。それとも、神は答えることができなかったのでしょうか？。ヒントは、ヨブ記42:7-8にあるような気がします。因果応報論を説いた3人の親友は神に責められ、ヨブの祈りによって罰を免れます。つまり、ヨブは一貫して正しい人＝義人であったのではないでしょうか。たしかに、エリフの言葉のように、神を神としない思いにヨブは取り憑かれました。しかし、神が登場したときに、すでに悔い改めが始まっています（ヨブ記40:3-5）。また、かつては、家族が犯したかも知れない罪を思って全焼のいけにえをささげたともあります（ヨブ記1:5）。ヨブは罪を犯したことのない義人ではなく、罪を犯しうる人ではありましたが、神を信頼することにおいて義人だったのではないでしょうか？。

ヤコブ書5:11に「あなたがたは、ヨブの忍耐のことを聞いています」と記されています。たしかに、ヨブはその病から癒され、2倍の祝福を受けました（ヨブ記42:12-13）。それは、単純に、その病という試練を耐えたからだったのでしょうか？。ある注解書によれば、「それは苦難と損失におおしく耐えるということ以上のものであった。それは、ヨブの不幸を隠れた罪の結果だと主張する、三人の友人たちを忍ばねばならなかったこと」（『聖書注解』（1987年・10版・キリスト者学生会（KGK）出版局）1156頁）なのではないでしょうか。3人の友人は、因果応報思想に基づいてヨブの隠れた罪を暴こうとするものであり、「訴える者」、つまりサタンの型のように思われます。「訴える者」＝サタンは「人殺し」です（ヨハネ伝8:44）。サタンは人間を訴えて、死に至らしめます。同じように、イエス・キリストも、十字架の上で、人間としてなすすべもなく死にました。サタンは、「神もまた罪の報酬である死（ローマ書6:23参照）を味わった」と小躍りしたことでしょう。神が死んだという「なれの果て」を宣伝して歩いたかも知れません。しかし、キリストは甦られました（Ⅰコリント書15:20）。ヤコブ書5:11の続きには、こうあります。「また、主が彼になさったことの結末を見たのです」。しかし、原語では telos kyrion、つまり「主の果て（終わり、最後、目的・目標）」（文語訳聖書参照）という言葉が使われています。イエスが十字架に死に、そして甦られたことを見たではないか。だから、耐え忍んだ人は幸いだと言っているのではないでしょうか？

「私の兄弟たち。あなたがたは私たちの栄光の主イエス・キリストを信じる信仰を持っているのですから、人をえこひいきしてはいけません」（ヤコブ書2:1）。ここからは「えこひいき」の問題に移ります。しかし、この一文は、次のように直訳すべきかも知れません。「私の兄弟たち。あなたがたは、人を偏り見る中で、私たちの栄光の主イエス・キリストの信仰を保つべきではありません」、いや「保ち得ません」、さらに「保ってはなりません」。要するに、キリストを信じる信仰＝キリストの信仰は「えこひいき」とは相反すると言うわけです（「神にはえこひいきなどはないからです」（ローマ書2:11）とも書いてあります）。当時のユダヤ人の考え方によれば、神の祝福は豊かな富によって計られました。だから、会堂において金持ちを優遇すること（ヤコブ書2:2-3）は、特段悪いことではなかったのでしょう。しかし、ヤコブは貧しい人、弱い人のことを持ち出します。「よく聞きなさい。愛する兄弟たち。神は、この世の貧しい人たちを選んで信仰に富む者とし、神を愛する者に約束されている御国を相続する者とされたではありませんか」（ヤコブ書2:5）。それなのに、富んだ者（金持ち）は貧しい人を虐げ、債権を取り立てて裁判沙汰に及んでいたのでしょう。それどころか、金持ちは、すでにキリストを知るユダヤ人たち（MJ）につけられていた名前（「ナザレ派」）の元である「ナザレのイエス・キリスト」を汚（けが）していたとあります（ヤコブ書2:7）。このように、金持ちたちを優遇し、貧しい者を冷遇するのは、「あなたがたの隣人をあなた自身のように愛せよ」というレビ記19:18の王国の律法（つまり神の御国の律法）に違反する、とヤコブは告発します（ヤコブ書2:8-9）。

ここでヤコブは、急に話の方向を変えているように思えます。「律法全体を守っても、一つの点でつまずくなら、その人はすべてを犯した者となったのです。なぜなら、『姦淫してはならない。』と言われた方は、『殺してはならない。』とも言われたからです。そこで、姦淫しなくても人殺しをすれば、あなたは律法の違反者となったのです」（ヤコブ書2:10-11）。何を言いたいのでしょうか？。それに、この書簡が語られている会堂で、本当に人殺しが行われたのでしょうか？。おそらくは、姦淫とは霊的姦淫＝偶像礼拝のことを指しているでしょう（ヤコブ書4:4の「貞操のない人たち」は、直訳すれば「姦淫の女たち」です）。そして、「人殺し」とは、まさに「イエスを殺したこと」を指すのでしょう（聖研のイロハ：ラ《神殺し》参照）。偶像礼拝をしていないからといって、イエスを殺したではないか。その一事で、神の民ユダヤ人は律法の違反者となった、つまり、憐れみを受ける立場になったのだとヤコブは主張します。「自由の律法によってさばかれる者らしく語り、またそのように行ないなさい」（ヤコブ書2:12）。人間になりかわって十字架で刑死する義務のなかったイエスこそ、あわれみを豊かに現した方でした（マタイ伝14:14参照）。憐れみこそが、イエスの足跡でありました。「あわれみを示したことのない者に対するさばきは、あわれみのないさばきです。あわれみは、さばきに向かって勝ち誇るのです」（ヤコブ書2:13）。憐れみを知らない人には憐れみのない裁きが待っている（ルカ伝6:38参照）。しかし、イエスの示された憐れみは裁きを遙かに凌駕します（比類なき神の恵み参照）。だから、「私たちの口が発する言葉も、手足がなす行ないも、このイエス・キリストの憐れみに適うようにしなさい」とヤコブは言うのです。

さて、聖研のイロハ：ウでは、旧約聖書にでてくるヨブという義人（＝正しい人）について触れました。では、聖書が義人（＝正しい人）と評価している例はどのくらいあるのでしょう？。J-Bible というコンピューター・ソフトを使って調べてみました。神から義人であると評価された例と著者から評価を受けた例とを併せても、旧約時代の人としては、アダムの子（次男）のアベル（マタイ伝23:35,ヘブル書11:4&創世記4:4）、アブラハムの甥のロト（Ⅱペテロ書2:7-8）、箱船で有名なノア（創世記7:1）、ヨブ（ヨブ記1:1,8&2:3)が、新約時代の人としては、イエスの父とされたヨセフ（マタイ伝1:19）、バプテスマのヨハネの両親のザカリヤとエリサベツ（ルカ伝1:6）、幼子イエスの宮詣での際に登場する老人シメオン（ルカ伝2:25）、イエスの十字架降下を申し出たアリマタヤのヨセフ（ルカ伝23:50-52）、カイザリヤの百人隊長・異邦人コルネリオ（使徒伝10:1-2&22）が正しい人、あるいは義人と呼ばれているくらいです。アダム、アブラハム、モーセ、ヨシュア、サムエル、ダビデ、ソロモン、エリヤ、バプテスマのヨハネといった主立った聖書の登場人物には義人という称号は与えられていません。これらの第一級の人たちは当然に義人だったから、そう呼ばれていないのでしょうか？。よく分かりませんが、信仰列伝とも言うべきヘブル書11章に出てくる人々（ヘブル書11:32参照）とは、どことなく基準が違いそうですね。

ところで、もう一人、ナザレのイエスを忘れていました。まず、十字架に付き添っていた百人隊長が「ほんとうに、この人は正しい方であった」と証言しました（ルカ伝23:47）。イエスの裁判をしていたピラトの妻も「あの正しい人にはかかわり合わないでください」と言っています（マタイ伝27:19）。また、弟子たちも、はばかることなくイエスを義人であると証言します。アナニヤはパウロに呼びかけて、こう言いました。「彼はこう言いました。『私たちの先祖の神は、あなたにみこころを知らせ、義なる方を見させ、その方の口から御声を聞かせようとお定めになったのです』」（使徒伝22:14。そのパウロはローマ書5:18-19でイエスの義の業を述べています）。ヨハネは「義を行う者は、御子と同じように、正しい人です」と教えます（Ⅰヨハネ書3:7b）。ヤコブは、「あなたがたは、正しい人を罪に定めて、殺しました。彼はあなたがたに抵抗しません」と、ユダヤ人たちに激しく迫ります（ヤコブ書5:6）。イエス・キリストはまことに義人でした。一方、「この地上には、善を行ない、罪を犯さない正しい人はひとりもいない」（伝道書7:20）のであり、「律法によって神の前に義と認められる者が、だれもいないということは明らかです」（ガラテヤ書3:11a）。しかし、イエスは、こう言われます。「『わたしはあわれみは好むが、いけにえは好まない。』とはどういう意味か、行って学んで来なさい。わたしは正しい人を招くためではなく、罪人を招くために来たのです」（マタイ伝9:13）。このとき、憐れみとは罪人を招くことです。「なぜなら、いと高き方（＝父なる神）は、恩知らずの悪人にも、あわれみ深いからです。（だから、）あなたがたの天の父があわれみ深いように、あなたがたも、あわれみ深くしなさい」（ルカ伝6:35b-36）と書いてあるとおりです。

ヤコブ書2:14-26は「行ないによる義」をテーマにしているというのが一般的な理解です。そのような理解をもとにしてこの箇所を見る限り、ヤコブが、義と認められるためには信仰だけでは十分でなく、行ないが必要であると考えているのは明らかであると思われます。しかし、この手紙の宛先であるユダヤ人にとっては、行ないこそが重大事でありました。また、ヤコブ書2:15-16に書いてあるように、貧しい人を無視する、えこひいきをするという現実がありました。このような現実がありながら「自分には信仰がある」と言っていることこそ（ヤコブ書2:14）、キリストの信仰と相反するのです。すでにキリストを信じるユダヤ人（MJ）たちに対して、行ないが伴わない信仰は信仰ではないとヤコブが言うのはもっともなことです（ヤコブ書2:14&17）。しかし、それだけでしょうか？。「だれかが自分には信仰があると言っても」と言うとき、未だキリストを知らないユダヤ人たち（non MJ）のことも含めて言っているのではないでしょうか？（聖研のイロハ：チ参照）。では、non MJ のもっていた信仰とは何でしょうか？。それは（ヤハウェとかエホバと呼ばれる）唯一の神に対する信仰です。しかし、ヤコブは言います。「あなたは、神はおひとりだと信じています。りっぱなことです。ですが、悪霊どももそう信じて、身震いしています」（ヤコブ書2:19）。これは、唯一の神を信じるだけでは不十分であるという意味ではないでしょうか。では、何が足らないのか？。それは行ないであると言うのがヤコブの答えです。行ないとは一体何なのでしょう？。

ここにも、イエスの足跡を見ることはできないでしょうか？。ヤコブは言います。「私は、行ないによって、私の信仰をあなたに見せてあげます」（ヤコブ書2:18d）。これら一連の箇所では「行ない」は複数形で表されています。たとえばアブラハムがその子イサクを祭壇にささげたときに「行ないによって義と認められた」とあります（ヤコブ書2:21）。祭壇にささげた様々な行為のことを言っているのでしょうか？。それとも、アブラハムの生涯すべてにわたる行為を指しているのでしょうか？。どうも、そうは思えませんね。やはり、アブラハムの行為は「祭壇にイサクをささげること」という一事と読む方が素直です。では、なぜ「行ない」は複数なのか？。ヘブル書11:19に読み解くヒントがあります。「彼は、神には人を死者の中からよみがえらせることもできる、と考えました。それで彼は、死者の中からイサクを取り戻したのです。これは型です」。アブラハムは、神の約束の子イサクが全焼のいけにえとなって朽ち果てるはずがない、と考えました。そして、イサクを取り戻しました。一人息子を失ったナインの寡婦にイエスは近寄り、息子を生き返らせ、そして「彼を母親に返された」とあります（ルカ伝7:11-17参照）。ヤコブの信仰は、まさに十字架に死に、甦ってくださったイエスの「行ない」に根拠を置いていると言えます。いわば、アブラハムの場合は、神にささげる行為と神から返してもらう行為とがあったことになります。しかも、キリストの型と言われるイサクの立場から考えると、死という「天→地→黄泉」というベクトルをもつ行為と復活という「黄泉→地→天」というベクトルをもつ行為を語っていることになり、ナインの寡婦と一脈相通じています。さらに、独り子イエスを死のために世に使わした神の側から言えば、アブラハムは神が経験するであろうことの疑似体験をしました。それゆえ、「彼は神の友と呼ばれたのです」（ヤコブ書2:23参照）。

同じことは、遊女ラハブについても言えます（ヤコブ書2:25）。ヨシュア記の2章の記事を読むと、ラハブのもとに身を寄せた2人のイスラエル人は斥候、つまり敵側のスパイでした。彼女はエリコの人々にたれ込むことができました。そのチャンスはいくらでもあったと思えます。しかも、彼らがもってきたメッセージは「もうすぐこの町は攻め滅ぼされる」ということでした。ラハブは自分も自分の身内も死の瀬戸際にいる、いや、死んだも同然であることを知り、斥候たちに言います。「あなたがたの神、主は、上は天、下は地において神であられるからです。どうか、私があなたがたに真実を尽くしたように、あなたがたもまた私の父の家に真実を尽くすと、今、主にかけて私に誓ってください。そして、私に確かな証拠を下さい。私の父、母、兄弟、姉妹、また、すべて彼らに属する者を生かし、私たちのいのちを死から救い出してください」（ヨシュア記2:11-13）。そして、斥候たちを逃がし、「窓に赤いひもを結んだ」ラハブ一家（ヨシュア記2:17-21参照）は、エリコ陥落のとき、救いを得ます（ヨシュア記6:22-25）。死の代わりに生を得たと言えます。また、斥候たちの側から見れば、遊女とはいえ敵の陣地に住むカナンの女にいのちを預けたわけですから、彼女は彼らのいのちの生殺与奪の権利をもっていたと言えます。しかし、ラハブは彼らにとって天使の役割を果たします。斥候たちもまた、迫り来る死の危険からいのちに生きる者とされました。天から地上に降り、人々からいのちを付け狙われ、ついに十字架で死んだイエス。と同時に、神の力によって復活し、天に引き上げられたイエスの姿を重ねることが可能です。ヤコブが示す信仰とは、この「行ない」、すなわちイエス・キリストのなした御業をもってしか表すことのできないものです。しかも、十字架の死と復活というイエスの御業は、すべての律法の要求を果たすものでした（ローマ書8:3-4参照）。それゆえに、「彼の信仰は彼の行ないとともに働いたのであり、信仰は行ないによって全うされ」たと言えます（ヤコブ書2:22）。ヤコブにとって人間存在の中心である「たましい」＝霊（pneyma）に比すべきものは、口先だけでなんとでも言える「信仰」というものではなく、「行ない」という、歴史において成就したキリストの御業以外にありえなかった（ヤコブ書2:26参照）。ヤコブは、このことを non MJ たちに伝えたかったのではないでしょうか。

今回は、アダムの次男であるアベルに焦点を当ててみましょう。イエスは律法学者やパリサイ人の偽善を責める中で、次のように言いました。「それは、義人アベルの血からこのかた、神殿と祭壇との間で殺されたバラキヤの子ザカリヤの血に至るまで、地上で流されるすべての正しい血の報復があなたがたの上に来るためです」（マタイ伝23:35。ルカ伝11:51の併行箇所です）。創世記4:1-17を読むと、人類最初の殺人が記録されています。被害者は義人アベル、加害者はその兄カイン。カインは人類最初の子どもでした。カインが生まれたとき、エバが「私は、主によってひとりの男子を得た」と言ったように、アダムとエバにとってカインの誕生は大きな喜びであり、自分たちを楽園から追放した神による祝福と受け取りました。カインは土を耕す者になり、神がアダムに告げられた宣告の通りに、「顔に汗してパンを食べ」る生活をしていたものと思われます（創世記3:19・口語訳参照）。続いて生まれたアベルは、羊を飼う者になりました。「時を経て」（創世記4:3・新共同訳）、兄弟二人は主にささげ物をします（初めてのささげ物であったかどうかは分かりません）。「カインは土の実りを主のもとに献げ物として持って来た。アベルは羊の群れの中から肥えた初子を持って来た。主はアベルとその献げ物に目を留められたが、カインとその献げ物には目を留められなかった」（創世記4:3-5・新共同訳参照）。人類最初の殺人という悲劇の始まりでした。

でも、神は、なぜアベルのささげ物にだけ目を留めたのでしょう？。新約聖書のヘブル書11:4に一つの答えがあります。「信仰によって、アベルはカインよりもすぐれたいけにえを神にささげ、そのいけにえによって彼が義人であることの証明を得ました。神が、彼のささげ物を良いささげ物だとあかししてくださったからです。彼は死にましたが、その信仰によって、今もなお語っています」。イエスがアベルをして「義人」であるとした理由も、ここにあるのかも知れません。でも、なぜアベルのささげ物は優れていたのでしょうか？。土地の収穫と羊の初子の違いでしょうか？。たしかに、土地はアダムの罪によって呪われていました（創世記3:17-18参照）。また、アダムとエバが恥を覆うためにいちじくの葉を綴り合わせた（創世記3:7参照）のとは異なり、神は、動物（おそらくは羊？）を犠牲にして、「アダムとその妻のために、皮の衣を作り、彼らに着せてくださった」（創世記3:21）のです。ささげ物の種類に理由を求めたくなるのも無理ありませんね。でも、アダムもエバも、カインもアベルも、失楽園後、神と絶縁状態であったわけではありません。もしかすると、この兄弟のささげ物は、過去にも、兄弟それぞれの職種に応じて、喜んでささげられていたのかも知れないのです。すると、ささげ物が違うことにこだわりを感じたのは、むしろカインだったのではないでしょうか。カインは、アベルのささげ物が素晴らしいことに嫉妬し、自分の職業が土を耕す者であることに躓き、呪われた土地を耕すことに不満を懐き、流された汗に不平を言い、土地からの収穫をささげ物として受け取る神に対してつぶやく思いになっていたと考えると、どうなるでしょう？。ささげ物をする神に対する賛美もなければ、感謝もないカイン。アベルは違いました。まるまる太った羊の初子を惜しみもせず、「天のお父ちゃん。僕とこの群の羊がこんなに素晴らしい赤ちゃん羊を生みよったでぇ」（何で関西弁なんや？）と言うかのように、ささげました。神の与え賜うた職業に対する感謝があったのではないか！。

怒ったカインは、神に対して顔を上げることをしません。神は言います。「なぜ、あなたは憤っているのか。なぜ、顔を伏せているのか。あなたが正しく行なったのであれば、受け入れられる。ただし、あなたが正しく行なっていないのなら、罪は戸口で待ち伏せして、あなたを恋い慕っている。だが、あなたは、それを治めるべきである」（創世記4:6-7）。この「あなたを恋い慕っている。だが、あなたは、それを治めるべきである」は、むしろ創世記3:16のように、「それ」をアベルと読むべきだという説があります（そのほうが文法的にも正しいと主張します。『聖書注解』（1987年・10版・キリスト者学生会（KGK）出版局）69頁）。「カインよ、アベルはおまえを愛しているではないか。兄として、アベルを治めることができるではないか」。しかし、カインはアベルを野に誘い、そして殺します（カインの名前の意味は「槍」ですので、槍のようなもので殺したのでしょうか？。ちなみにアベルの名の意味は「息」です。息は一瞬の空しさをも意味します）。その後、神は、カインに対し、「聞け。あなたの弟の血が、その土地からわたしに叫んでいる」と責めます。何を叫んでいたのでしょう？。「正しい血の報復」を求めていました。アベルにとっては、至極当然のことです。しかし、神は、カインのいのちを取ろうとはしません。その代わりに、もはやカインの耕す土地は収穫を得ないと宣言し、さすらいの生涯を歩むことを宣告します（創世記4:10-12）。それどころか、「彼に出会う者が、だれも彼を殺すことのないように、カインに一つのしるしを下さった」とあります（創世記4:15参照）。神はカインを守られました。そして、カインは妻を娶り、子どもが与えられます（創世記4:17）。このような結末でいいのでしょうか？。いいのです。ヘブル書12:24は、「さらに、新しい契約の仲介者イエス、それに、アベルの血よりもすぐれたことを語る注ぎかけの血に近づいています」（ヘブル書12:24）と記します。「アベルの血よりもすぐれたことを語る」とは、どういう意味なのでしょう？。イエスの血は、アベルの血のように報復を求めてはいない。むしろ、神に「赦し」を求めています。「父よ。彼らをお赦しください。彼らは、何をしているのか自分でわからないのです」（ルカ伝23:34）。十字架の上に挙げられたイエスが初めて発した言葉です。父なる神は、どんな失敗、どんな酷い罪であっても、人間を（私も、あなたも）赦そうと待っておられます。

ヤコブ書3章に入ります。今回のイエスの足跡は「完全な人」です。「私たちはみな、多くの点で失敗をするものです。もし、ことばで失敗をしない人がいたら、その人は、からだ全体もりっぱに制御できる完全な人です」（ヤコブ書3:2）。後半を直訳すると、「ことば（logos）において躓かない者は…（最終目標に到達した）完全な（teleios）人です」と訳せます。「言葉（logos）」をキリストと捉えると、キリストにあって完全な人を目指しなさいという、すでにキリストを信じたユダヤ人（MJ）への勧めです。一方、「からだ全体」を「信仰＝信頼のすべて」と捉えると（ヤコブ書2:26で「行ない」はたましい（霊）にたとえられ、信仰は「からだ（soma）」にたとえられていましたね）、そういう完全な人は果たしているのだろうかと思ってしまいます。100点をとる人がいるとしたら、それはイエス・キリスト以外には考えられません。それゆえ、ヤコブは、「私の兄弟たち。多くの者が教師になってはいけません。ご承知のように、私たち教師は、格別きびしいさばきを受けるのです」と言います。ユダヤ人たちは、「知識と真理の具体的な形として律法を持っているため、盲人の案内人、やみの中にいる者の光、愚かな者の導き手、幼子の教師だと自任して」（ローマ書2:19-20）いました。しかし、人は多くの点で躓き、とくに言葉の点で躓く存在です。からだ全体（＝信仰）を制御する（「くつわをかける」という意味です。ヤコブ書2:2-3参照）ためには、馬ならば口にくつわをかけ、船ならば舵を握っていればよいと言うことになります（ヤコブ書3:3-4）。では、「くつわ」や「舵」といったものは、いったい何でしょう。それは舌です。

ところが、ヤコブは、この人間の舌のなす業を極めて赤裸々に描き出しています。大言壮語する、つまり誇ります（ヤコブ書3:5）。「舌は火であり、不義の世界です」。からだ（＝信仰）全体を汚し、大切な人生を焼き、最後は地獄（ゲヘナ）の炎で焼かれてしまいます（ヤコブ書3:6）。これでは、まるで極悪人ですね。ここで、ヤコブは創世記1:28を念頭に置いて、こう言います。「どのような種類の獣も鳥も、はうものも海の生き物も、人類によって制せられるし、すでに制せられています。しかし、舌を制御することは、だれにもできません。それは少しもじっとしていない悪であり、死の毒に満ちています」（ヤコブ書3:7-8）。すべての被造物を人の管理（＝支配）下に置いたのは神です。しかし、人には自分の舌の業を押さえつけること（＝制する。マタイ伝5:4参照）ができません。じっとしていない（＝安定を欠いた。ヤコブ書1:8参照）悪、すなわち罪の根元であり、罪の報酬である死の毒、すなわち「さびの毒は、あなたがたの罪を責め、あなたがたの肉を火のように食いつくす」（ヤコブ書5:3）ことになります。「私たちは、舌をもって、主であり父である方をほめたたえ、同じ舌をもって、神にかたどって造られた人をのろいます。賛美とのろいが同じ口から出て来るのです。私の兄弟たち。このようなことは、あってはなりません」（ヤコブ書3:9-10）。一つの泉が甘い水も苦い水も湧き上がらせることがないように（ヤコブ書3:11）、賛美と呪いが同じく口から出ることはありえないこと、あるはずのないことです。では、神にかたどって造られた人（複数形）を賛美してよいのでしょうか？。よいのです！。未だイエスを知らないユダヤ人（non MJ）に向けては、「神にかたどって造られた人」はイエスであるというメッセージも隠されているかもしれません。また、「神のかたち」に似せて造られた（創世記1:26参照）ことが、いわゆる人間の尊厳を認める根拠となるでしょう。しかし、それ以上に、ここで「賛美する」と訳される eylogeo が、本来は「祝福する」という意味で使われているからです。「神が人間を祝福し、人は神によって祝福される。人は人を祝福し、人間は神を賛美する」という意味です（言語的に言えば、ey（良い）+ logeo（言う）です）。ですから、他人・隣人に良いことを言う（＝祝福する）のは良いことです。ましてや、神の祝福のうちに共に入ることは最善です。神は、そのような祝福の生活を人に与えたいと願っておられます。「神は、まずそのしもべ（＝イエス・キリスト）を立てて、あなたがたにお遣わしになりました。それは、この方があなたがたを祝福して、ひとりひとりをその邪悪な生活から立ち返らせてくださるためなのです」（使徒伝3:26）。

ラハブは、聖書において興味深く語られる女性です。すでにイエスの足跡を尋ねて：vol.6で見たように、ラハブはエリコに住むカナン人であり、遊女でした。ヨシュアに率いられて、エリコと戦って滅ぼそうとするイスラエルは斥候2人を送ります。彼らは遊女の家を隠れ家としますが、なぜか、このことは戦々恐々としているエリコの住民の知るところとなります。追っ手が迫ったとき、ラハブは彼らを屋上に隠し、エリコの住民たちには嘘をついて、彼らを救います。そして、彼らに言います。「主がこの地をあなたがたに与えておられること、私たちはあなたがたのことで恐怖に襲われており、この地の住民もみな、あなたがたのことで震えおののいていることを、私は知っています。…あなたがたのために、心がしなえて、もうだれにも、勇気がなくなってしまいました。あなたがたの神、主は、上は天、下は地において神であられるからです。どうか、私があなたがたに真実を尽くしたように、あなたがたもまた私の父の家に真実を尽くすと、今、主にかけて私に誓ってください。そして、私に確かな証拠を下さい。私の父、母、兄弟、姉妹、また、すべて彼らに属する者を生かし、私たちのいのちを死から救い出してください」（ヨシュア記2:9-13）。そして、エリコ陥落のとき、唯一、ラハブ一家は生を得ました（ヨシュア記6:22-25）。そして、「ラハブはイスラエルの中に住んだ」とあります（ヨシュア記6:25）。神の御手の守りのうちに生きることができました。しかも、イエス・キリストの系図に記されているとおり、ルツの夫になったボアズの母となります（マタイ伝1:5）。つまり、ラハブはイエス・キリストの母であったばかりではなく、ダビデの母でもありました（マタイ伝1:6）。ただの異邦人に過ぎない、しかも遊女であったラハブが！。ヘブル書11:31は、信仰列伝の最後にこのラハブを記しています。「もし、ギデオン、バラク、サムソン、エフタ、またダビデ、サムエル、預言者たちについても話すならば、時が足りないでしょう」（ヘブル書11:32）と省略された人々がいるのに、です。おそらく、イスラエルがヨルダンを渡りカナンの土地に足を踏み入れるちょうどその時に、彼女が登場するからでしょう。それは、出エジプトに始まるイスラエルの救いが完成する時であり、その救いに異邦人もまた与ることができるという希望を語っています。同様に、ヤコブ書2:25では、「行ない」について、あのアブラハムと並んでラハブが挙げられます。何と幸いな女性なのでしょう！。

これに比べて聖書義人伝に出てきたロトは、何とも情けない。そもそもロトは、伯父アブラハムと一緒にカルデヤ人のウルから旅に出て（創世記11:31）、カナンに着き、アブラハムの好意によって袂を分かち、ヨルダンの低地全体の潤った土地に向かいます（創世記13:7-11）。そこにはソドムとゴモラという好色で不敬虔な町がありましたが、彼の住居は次第次第にソドムに引き寄せられて行き（創世記13;12参照）、ついにはソドムに住みつき、また、さばきづかさのごとく、町の門のところに座るまでになっていました（創世記14:12&19:9参照）。ソドムとゴモラが火と硫黄で滅ぼされるときも、それを告げるべく使わされた御使いの促しにもかかわらず、ロトは逃げようとしません。「しかし彼はためらっていた」（創世記19:16）。滅びが目前に来ていることを知りながら！。遊女ラハブの身の処し方とは比べものにならない愚鈍さを感じますね。御使いは強引にも、手を取って、ロトとその妻、2人の娘を町の外に逃がします。ところが、「ロトのうしろにいた彼の妻は、振り返ったので、塩の柱になってしまった」。自分のいのちよりも、ソドムの生活のほうが大切だったのでしょうか？。「その後、ロトはツォアルを出て、ふたりの娘といっしょに山に住んだ。彼はツォアルに住むのを恐れたからである。彼はふたりの娘といっしょにほら穴の中に住んだ」（創世記19:30）。そこで、ロトの娘たちは将来を悲観して、自分の子孫を残すために、父ロトを酒に酔わせて近親相姦をして、身ごもります（創世記19:31-38）。ところが、新約聖書は、こんなに情けないロトを義人だと評価しているのです。「また、無節操な者たちの好色なふるまいによって悩まされていた義人ロトを救い出されました」（Ⅱペテロ書2:7）。何をもってロトを義人だというのでしょうか？。「というのは、この義人は、彼らの間に住んでいましたが、不法な行ないを見聞きして、日々その正しい心を痛めていたからです」（Ⅱペテロ書2:8）。でも、これだけでは納得がいかないという人もいるでしょうね。

実は、この話の直前に、神はアブラハムにソドムとゴモラの滅びを知らされます（創世記18:20）。アブラハムは言います。「あなたはほんとうに、正しい者を、悪い者といっしょに滅ぼし尽くされるのですか。もしや、その町の中に五十人の正しい者がいるかもしれません。ほんとうに滅ぼしてしまわれるのですか。その中にいる五十人の正しい者のために、その町をお赦しにはならないのですか。正しい者を悪い者といっしょに殺し、そのため、正しい者と悪い者とが同じようになるというようなことを、あなたがなさるはずがありません。とてもありえないことです。全世界をさばくお方は、公義を行なうべきではありませんか」（創世記18:23-25）。こうして、アブラハムの交渉（値切り？）によって、神は「滅ぼすまい。その十人のために」（創世記18:32）と約束されます。しかし、ソドムには10人の正しい人さえいなかった。だから滅びたのです。しかし、正しい者を滅ぼすことはしないとアブラハムに約束された神は、ロト一家を救い出しました。この意味でロトは義人でした。それは、まさに神の憐れみのあらわれでした。「ロトはためらっていた。主は憐れんで、二人の客にロト、妻、二人の娘の手をとらせて町の外へ避難するようにされた」（創世記19:16・新共同訳）。義人ロトの物語は、神の前に躓きつつ歩む凡人（＝不義人）にとって最大の慰めと言えるでしょう。

「神と人とを祝福する（＝神を賛美し、人を祝福する）生き方こそが神の望んでおられることだ」と言った後で、ヤコブは妙なたとえを持ち出します。「私の兄弟たち。いちじくの木がオリーブの実をならせたり、ぶどうの木がいちじくの実をならせたりするようなことは、できることでしょうか。塩水が甘い水を出すこともできないことです」（ヤコブ書3:12）。まず妙なのは、この節は前回の一番終わりの節なのではないかと言うことです。しかし、Olive Evening Bible Study のメンバーは、「（私の、愛する）兄弟たち」という呼びかけに始まる節から話題が変わる、あるいは展開することに気がつきました。この「イエスの足跡を尋ねて」も、そのような編集方針で進めています（2･3箇所、例外的な扱いをしていますが…）。それよりも、もっと妙なのは、いったいこのたとえが何を指しているのかが、さっぱり分からないことです。いちじくも、オリーブも、ぶどうも、聖書の世界ではよいものです。また、この3者の関係が分からないと、塩水と甘い水の関係も分かりません。いろいろな解釈を施してみましたが、それぞれに一長一短があり、決め手を欠きます。何か、しっかりした座標軸というべきものがなければなりません。ところが、直前で、ユダヤ人たち（イエスをキリストと信じていないユダヤ人（non MJ）だけではありません。キリストを信じるユダヤ人（MJ）も含まれるでしょう）の生き方は、「神を賛美し、人を呪う」ものであったと言われているではありませんか。では、「神を賛美し、人を祝福する」生き方を示したのは誰ですか。イエスです。この理解に立つとき、このたとえの正体が明らかになります。

まず、いちじくの木はユダヤ人を指します。いちじくというのは、ぶどうとともに、聖書で度々イスラエル人・ユダヤ人を指すものとして用いられています（たとえば、エレミヤ書8:13&24:1-10,ヨエル書2:21-24,ゼカリヤ書3:10,ルカ伝13:6-7,ヨハネ伝1:48&50参照）。オリーブの実は「神と人とをあがめる」生き方を指します（士師記9:9&13参照）。これに対して、いちじくの実はユダヤ人たちの「行ない」のことで、「神を賛美し、人を呪う」生き方です。そして、ぶどうの木はイエスを指していると考えます（ヨハネ伝15:1参照）。すると、このたとえはこういう意味になります。「ユダヤ人よ。あなたたちは神と人とを祝福する生き方ができない。イエスは、あなたたちのように神のみを賛美して人を呪う生き方ができない。あなたたちは塩水であって、甘い水のように飲むことができない」。つまり、ユダヤ人の生き方とイエスの生き方とは決して交わることがないということです。続けてこう言います。「あなたがたのうちで、知恵のある、賢い人はだれでしょうか。その人は、その知恵にふさわしい柔和な行ないを、良い生き方によって示しなさい」（ヤコブ書3:13）。この柔和な「行ない」もまた複数形です。憐れみのゆえに十字架の死を通り、神の力によって甦った「行ない」です。ユダヤ人よ。あなたがたにこのような「行ない」ができるのか。「しかし、もしあなたがたの心の中に、苦いねたみと敵対心があるならば、誇ってはいけません。真理に逆らって偽ることになります。そのような知恵は、上から来たものではなく、地に属し、肉に属し、悪霊に属するものです。」（ヤコブ書3:14）。これは、知恵があると思っているユダヤ人（ローマ書2:19-20参照）に対して語られています。どのような知恵だったのでしょうか？。「神は唯一である」という知恵でした。しかし、それは悪霊も信じていたとあります（ヤコブ書2:19）。「神は唯一である」ということは真理ですが、その知識（あるいは、うわべだけの「信仰」）に基づいているからといって、その真理に生かされているとは言えません。「木はどれでも、その実によってわかるものです」（ルカ伝6:44。マタイ伝7:15-20参照）が、「神を賛美し、人を呪う」というユダヤ人たちの現実は、悪霊のものと何ら変わりのないものでした。ですから、そのような知恵は「悪霊に属」し、飲むのにふさわしくない塩水にたとえられるのです。このような人間の知恵を誇ってはなりません。

ヤコブ書3:13&17-18は、イエスの足跡の宝庫です。一言で言えば「上からの知恵」です。換言すれば、神からの知恵、神が啓示で明らかにした知恵です。細かくイエスの足跡を見てみましょう。ヤコブ書3:13では、知恵にふさわしい柔和さをもつこと（マタイ伝21:5&ろばに乗る王参照）が挙げられます。ヤコブ書3:17では、清いこと＝純真なこと、平和＝平安であること、寛容であり、従順（＝温順）であることです。そして、憐れみに満ちており、憐れみより生ずる麗しい果実（そうです。本来のいちじくは甘みのある良い実です。士師記9:11参照）でいっぱいであることです。当然、偏り見る（＝えこひいきする）ことがなく、偽り（＝見せかけ）もありません。「義の実を結ばせる種は、平和をつくる人によって平和のうちに蒔かれます」とヤコブは言います（ヤコブ書3:18。マタイ伝13:1-15,マルコ伝4:1-12,ルカ伝8:4-10参照）。平和をつくる人は「神の子どもと呼ばれる」とイエス自身が言っています（マタイ伝5:9参照）。まさに「神の子」であり「人の子」であるイエスは、人間に平和と平安を与え、義（＝公義・正義）をうち立てる方です。しかし、ユダヤ人（のみならず、すべての人間）は、イエスのもついっぱいの憐れみと良い実とを、自分の快楽のために使い果たす（＝消費する）ために貪（むさぼ）り、戦いによって奪い取り、ついに、良い実の根元であるイエスを殺してしまいました（ヤコブ書4:1-3。神殺し参照）。ただ、自分の欲しいものを手に入れることは可能です。神に願えばよいとヤコブは言い放ちます。しかし、正しく願わなければならない。神の思いとシンフォニーしていなければなりません（聖研のイロハ：ワ&カ参照）。与えて、与えて、与え尽くすまで、すなわち、イエスの十字架のように自らのいのちを捨ててまで隣人に与えようとするとき、いちじくは甘い、良い実を結びます。

みなさんは果物がお好きでしょうか？。私は毎晩果物がないと眠れないほどに大好きです。とくに、いちじくが大好物です。イスラエルはいちじくの多いところです。中近東もそうなのでしょうか、アラブの人の間では、「天よりくだりし果実があるとするならば、それはいちじくである」と言われているそうです。それゆえ、ぶどうやオリーヴのように好ましい果実・有用な果実として旧約聖書に度々登場し、また、ぶどうとともにイスラエル民族を指すものでもあります（たとえばエレミヤ書8:13&24:1-8,ヨエル書2:22。なお「酸いぶどう」についてはイザヤ書5:1-4参照。ちなみに3つのうち聖書に初めて登場するのはいちじくです（創世記3:7）。このいちじくの葉は人間の（どう見ても不十分な）努力の象徴です）。いちじくは「無花果」と書くように、花がありません。いえ、正確に言うと「果中花」と言って、無花果の実の中に夥しいほどの花があり、果実の中に虫が入ることによって受粉がなされるわけです（以上、『新聖書辞典』（いのちのことば社・1985年）139頁以下参照）。ですから、いちじくの葉が茂ると、「もうすぐ美味しいいちじくが実る」というサインになります。イエスもまた終末のサインをいちじくのたとえで示しました。「いちじくの木から、たとえを学びなさい。枝が柔らかになって、葉が出て来ると、夏の近いことがわかります」（マタイ伝24:32。マルコ伝13:28,ルカ伝21:29）。

このように、いちじくにとって最も大事なものは「甘くて良い果実」です。ところが、実らないいちじくの木に関する記述が2箇所、福音書に記録されています。一つは、ルカ伝13:6-9です。ぶどう園の主人が自分のぶどう園に（どういうわけか）いちじくの木を植えておいた。しかし、3年間もの間、実がなっていたためしがありません。「切り倒してしまいなさい」と言う主人に、ぶどう園の番人は答えて言います。「ご主人。どうか、ことし一年そのままにしてやってください。木の回りを掘って、肥やしをやってみますから。もしそれで来年、実を結べばよし、それでもだめなら、切り倒してください」。ここでのいちじくは、明らかにイスラエル民族＝ユダヤ人を意識しています。神の選ばれた民であり、神の「甘くて良い実」を結ぶべき民でありながら、そのようにできない民。イエスは、しかし、「もう一度」チャンスが与えられていることを示されました。マタイ伝21:33-41のぶどう園のたとえの中でも、「そのあと、その主人は、『私の息子なら、敬ってくれるだろう。』と言って、息子を遣わした」（マタイ伝21:37）という言葉が語られているとおり、神の子が来て、もう一度のチャンスが与えられました。

もう一つは（若干の違いはありますが）共観福音書のすべてに記録されている奇跡です。マルコ伝11:12-14&20-25を見てみましょう。空腹を覚えたイエスは葉の茂ったいちじくの木を見つけ、実を探したが実っていなかったので、「今後、いつまでも、だれもおまえの実を食べることのないように」と言われました。すると、そのいちじくの木が根元から枯れていました。弟子たちは驚きますが、イエスは、このことから神への信頼と祈りを彼らに教えます。でも、ちょっとおかしいですね。マルコ伝11:13は、わざわざ「いちじくのなる季節ではなかったからである」と記しています。また、一連の話の最後には、「また立って祈っているとき、だれかに対して恨み事があったら、赦してやりなさい。そうすれば、天におられるあなたがたの父も、あなたがたの罪を赦してくださいます」（マルコ伝11:25）と語られます。実のなる季節ではないのですから、このいちじくの木を赦してあげたらいいのに、と思いませんか？。かえって厳しい奇跡ではないでしょうか。将来実になるものさえ見当たらなかったのか、あるいは葉の茂り方がいかにも実があるように欺くほどであったのか、イエスの言葉は宣告となりました。まるで、3年間、ぶどう園にあって実をつけたためしのないいちじくの木のように！。背景に、福音を拒絶し、イエスを殺そうとしているユダヤ人を思い浮かべながらこの箇所を読むと、厳粛な思いにさせられます。「そのとおりです。彼らは不信仰によって折られ、あなたは信仰によって立っています。高ぶらないで、かえって恐れなさい。もし神が台木の枝を惜しまれなかったとすれば、あなたをも惜しまれないでしょう。見てごらんなさい。神のいつくしみときびしさを。倒れた者の上にあるのは、きびしさです。あなたの上にあるのは、神のいつくしみです。ただし、あなたがそのいつくしみの中にとどまっていればであって、そうでなければ、あなたも切り落とされるのです」（ローマ書11:20-22）。しかし、「彼らであっても、もし不信仰を続けなければ、つぎ合わされるのです。神は、彼らを再びつぎ合わすことができる」（ローマ書11:23）のであって、イスラエル民族＝ユダヤ人たちは、救いについて、完全に根を失ってしまったわけではありません（ローマ書11:25-31）。

今回の箇所は、「貞操のない人たち」という語りかけに始まります。原語では「姦淫の女たち」です。これは、「行って、姦淫の女をめとり、姦淫の子らを引き取れ。この国は主を見捨てて、はなはだしい淫行にふけっているからだ」というホセア書1:2を想起させます。では、姦淫・淫行とは何か。エゼキエル書23章は、オホラとオホリバという姉妹になぞらえつつ、イスラエル王国とユダ王国の人々の霊的姦淫・淫行、すなわち神に対する反逆＝偶像崇拝を、姦淫・淫行にたとえて赤裸々に示しています。霊的姦淫、つまり偶像崇拝は、貪（むさぼ）りの罪でもあります（コロサイ書3:5）。ヤコブ書4:2-3で語られていることはこの貪りです。神ならぬ偶像を愛し、自分を愛し、そしてこの世を愛することが「悪い動機」にあたります。「世を愛することは神に敵することであることがわからないのですか。世の友となりたいと思ったら、その人は自分を神の敵としているのです」（ヤコブ書4:4）。「愛する（philia：名詞）」ことは「友になる（philos：形容詞）」ことであり、友の側に立つことです。イエスは、「だれも、ふたりの主人に仕えることはできません。一方を憎んで他方を愛したり、一方を重んじて他方を軽んじたりするからです。あなたがたは、神にも仕え、また富にも仕えるということはできません」（マタイ伝6:24）と言っています。世を友として、世の側に立つことは、まさに神を敵に回すということです。

では、神の敵である姦淫の女たち＝ユダヤ人に対して、ヤコブは何を語っているのでしょうか？。神の敵であるという論告の後に来たものは求刑ではなく、神の愛と恵みの宣言でした。「神はわたしたちの内に住まわせた霊を、ねたむほどに深く愛しておられ、もっと豊かな恵みをくださる」（ヤコブ書4:5b-6a・新共同訳）。これは、旧約聖書・ゼカリヤ書1:14&8:2の「自由な引用」です（聖研のイロハ：ネ参照）。聞く耳をもつユダヤ人には、こう聞こえたはずです。「神は、ねたむほどに私たちを愛し、私たちの中にイエス・キリストとなって住み、今は聖霊となって住んでいてくださる。そして、それ以上に（口語訳では「いや増しに」と訳されています）素晴らしい恵みを与えてくださる」。神の愛の激しさゆえに罪の罰も激しいというのではない（ゼカリヤ書もまた、終末の日のイスラエルの解放と救いを宣言している預言書です）。むしろ、「神は、高ぶる者を退け、へりくだる者に恵みをお授けになる」（ヤコブ書4:6b）。旧約聖書・箴言3:34の引用です。直前の箴言3:27-28には「あなたの手に善を行なう力があるとき、求める者に、それを拒むな。あなたに財産があるとき、あなたの隣人に向かい、『去って、また来なさい。あす、あげよう。』と言うな」とあります。まさにヤコブ書2:15-16と方向性を同じくします。ヤコブが、これら2つの旧約聖書の箇所を、文言だけではなく、その方向性をも含めて引用していることにお気づきになるでしょう。この所は、ヤコブ書におけるクライマックスと呼んでも差し支えないもののように思えます。なぜなら、ヤコブ書において数少ない旧約聖書からの引用であり、しかも、はっきりとしたメッセージを含んでいる唯一の箇所だからです。そのメッセージとは何か。「神に従いなさい、近づきなさい」（ヤコブ書4:7-8参照）。つまり、神の友となる、神を愛する、神の側に立つということです。

神の側に立つとき（同時にそれは悪魔に対抗することになります）、その内実は他者を訴える者であり、中傷する者であり、呪う者である悪魔は逃げて行きます（ヤコブ書4:7）。神の側に立つとき、神は近づいてくださいます。罪深い人間の心の内に住んでくださいます。何という救いでしょうか！。だから、ヤコブは、「罪ある人たち。手を洗いきよめなさい。二心の人たち。心を清くしなさい」（ヤコブ書4:8）と言います。すでにキリストを信じる人（MJ）はもちろんのこと、いまだキリストを知らない人（non MJ）であっても、聞く耳のある人には、これだけ言えば十分でした。しかし、non MJ（とくに富んだ者たち）の多くは、聞く耳をもちませんでした（マタイ伝13:13-15参照）。彼らに対しては、「あなたがたは、苦しみなさい。悲しみなさい。泣きなさい。あなたがたの笑いを悲しみに、喜びを憂いに変えなさい」（ヤコブ書4:9）と言わなければなりませんでした。無理に苦しんでいるふりをせよというのではありません。もうすでに悲惨（talaiporia）＝苦しみ（talaiporeo）が迫っているというのです（ヤコブ書5:1参照）。では、聞く耳をもたない者に希望はないのでしょうか？。「主の御前でへりくだりなさい。そうすれば、主があなたがたを高くしてくださいます」（ヤコブ書4:10）。「主」とはイエス・キリストです。ヤコブ書5:6では、神の敵がイエスを殺したとしてもなお、「彼はあなたがたに抵抗しません」と記されています。「抵抗しません」は過去形ではありません。現在形です。しかも「抵抗する」という動詞は antitasso で、ヤコブ書4:6の「神は高ぶる者を『退ける』」という動詞と同じです。つまり、神は、イエス・キリストにおいて、高ぶる者＝神に敵対する者をも、敢えて退けることをしない（「しなかった」ではない！）。イエス・キリストの前にへりくだるならば、救われる。これこそ、「いや増しに」恵みを賜う神の御心なのではないでしょうか！（比類なき神の恵み参照）。まさに、「神の子イエス・キリストの福音」（マルコ伝1:1参照）がイエスの足跡として語られているのです。

「神の子イエス・キリストの福音」を語った後、ヤコブは言います。「兄弟たち。互いに悪口を言い合ってはいけません。自分の兄弟の悪口を言い、自分の兄弟をさばく者は、律法の悪口を言い、律法をさばいているのです。あなたが、もし律法をさばくなら、律法を守る者ではなくて、さばく者です」（ヤコブ書4:11）。なぜ、兄弟の悪口を言い、兄弟をさばく者が律法の悪口を言い、律法をさばく者になるのでしょう？。答えは直後にあります。「律法を定め、さばきを行なう方は、ただひとりであり、その方は救うことも滅ぼすこともできます。隣人をさばくあなたは、いったい何者ですか」（ヤコブ書4:12）。まず、ここで「自分の兄弟」が「隣人」と言い換えられていることにお気づきでしょう。そうです。ヤコブ書2:8に登場した「あなたの隣人をあなた自身のように愛せよ」というレビ記19:18の律法を念頭に置かなければなりません。つまり、悪口を言ってさばくことはこの律法に違反するのです。そして、この最高（王国）の律法の要求を完全に果たしえたのは、十字架に殺されるまで人間を愛したイエスしかいません。ここに、イエスの足跡を見ることができます。ですから、兄弟について悪口を言い、さばくのは、結局、イエスに悪口を言い、イエスをさばくことにほかなりません。さらに、イエスが神の子であるならば、神を乗り越えてイエスをさばくことになります。人がただひとりの神の上に立つのです。滅びか、それとも救いに至るかを決めるべきお方を差し置くことの不遜を戒めています。

同じように、ヤコブは、続けて、自分の行動を自分自身で決めているかのように考えることの不遜を戒めます（ヤコブ書4:13-17）。最初に登場する商人の言葉とヤコブの勧める言葉との違いはどこにあるのでしょう？。「主のみこころなら、私たちは生きていて」（ヤコブ書4:15）という言葉です。ヤコブは、私たちの寿命＝いのちが主の意志によっているのだと言います。商業をして富んだ者になった人々は、自分の計画によって仕事をするものだと勘違いをしている。いや、高ぶっている。ヤコブ書1:11で「富んでいる人も、働きの最中に消えて行くのです」と言っているように、ここでも「あなたがたには自分の命がどうなるか、明日のことは分からないのです。あなたがたは、わずかの間現れて、やがて消えて行く霧にすぎません」（ヤコブ書4:14・新共同訳）と言います。「ところが、あなたがたは誇り高ぶっている。このような高慢は、すべて悪である」（ヤコブ書4:16・口語訳）。直訳すれば「すべての誇りはあなたがたの高慢において誇っている」となりましょう。それは悪であり、また、「なすべき正しいことを知っていながら行なわない」のは罪です（ヤコブ書4:17）。「なすべき正しいこと」とは、誇り高ぶりを捨てて、主の前にへりくだることです（ヤコブ書4:10）。

続けて、ヤコブは「金持ちたち」を断罪します。「あなたがたの上に迫ってくる悲惨を思って泣き叫びなさい」（ヤコブ書5:1）。富は腐り、衣服は虫食いとなり、金銀はさびてしまいます。天に宝を積まなかったからです（マタイ伝6:19-20参照）。その「さびの毒」（ヤコブ書5:3・口語訳。なおヤコブ書3:8参照）が証拠となって、あなたがたの肉体・人間的関係は火によって食い尽くされてしまう（ヤコブ書3:6参照）。それなのに、「あなたがたは、終りの時にいるのに、なお宝をたくわえている」（ヤコブ書5:3b・口語訳）。終末の時、それは神の国の収穫の時であり、人生の清算の時でもあります。その時に「なお宝をたくわえている」。自分だけのものにしておくのです。与えないのです。正当に支払うべき「畑の刈り入れをした労働者への未払い賃金」さえ出し惜しむのです。神はすでに御存知です。「金持ちたち」は「地上でぜいたくに暮らし、快楽にふけり、殺される日にあたって自分の心を太らせました」（ヤコブ書5:5）。それは、彼らが「殺される日」にあたってなされたとヤコブは記します。この「殺される日」は「屠られる日」とも訳すことができ、使徒伝8:32ではイザヤ書53:7の「ほふり場につれて行かれる羊」（なおローマ書8:36参照）を連想させます。そうです。続く「あなたがたは、正しい人を罪に定めて、殺しました。彼はあなたがたに抵抗しません」というヤコブ書5:6は、「世の罪を取り除く神の子羊」（ヨハネ伝1:19参照）であるイエスが殺されたことを指しています。ここに義人イエスの足跡があります。イエスが、神のいのちを尽きるまで与え尽くして、殺されたその時に、「金持ちたち」はブラック・ホールのようになお貪っていました。しかし、イエスは抵抗しません、拒みません（イエスの足跡を尋ねて：vol.9参照）。なぜなら、神のいのちは尽きるものではなく、無限に溢れるものだからです。

ヤコブ書が書かれた原始キリスト教会の草創期、天に昇ったキリストが、すぐにでも再び地上に還ってくると考えられていました（これを再臨と言います。使徒伝1:9-11参照）。もちろん、この期待は2000年間「裏切られ続けている」わけですが、それもまた、神の憐れみ（＝忍耐）によるものとして（Ⅱペテロ書3:8-9参照）、今日も、キリスト信仰に生きる者は、「主よ。来たりませ」と待ち続け、祈り続けています（「マラナ・タ」参照）。とにかく、主の来られる日が近いという確信のもとで、ヤコブはこう言います。「こういうわけですから、兄弟たち。主が来られる時まで耐え忍びなさい。見なさい。農夫は、大地の貴重な実りを、秋の雨や春の雨が降るまで、耐え忍んで待っています」（ヤコブ書5:7）。「耐え忍びなさい」とは「猶予しなさい」、「寛容でありなさい」という意味です。再臨の時期がもう来てもよいのに、と思わずに、ある意味で、神に対して寛容であれということになります。ところで、農夫が出てくるのはなぜでしょう？。イスラエルでは、小麦の種が蒔かれて、まず秋の雨期となります。そして乾期となり、春になってまた雨期となります。そして収穫に至ります。ここで「貴重な実り」（これは単数形です）と訳されている箇所は、「宝石のごとく」「傷もなく汚れもない小羊のようなキリストの、尊い血」（Ⅰコリント書3:12,Ⅰペテロ書1:19参照）によって成就した人間の贖いが現実化すること、つまり再臨の日に起こる復活（Ⅰコリント書15:20-28）と言えるでしょう。「最後の敵である死も滅ぼされ」ること（コリント書15:26）こそが、キリストの十字架の窮極の結末であるとも言えるからです。

さて、「あなたがたも耐え忍びなさい。心を強くしなさい。主の来られるのが近いからです」（ヤコブ書5:8）と言ったヤコブは、続けて「兄弟たちよ。互に不平を言い合ってはならない。さばきを受けるかも知れないから。見よ、さばき主が、すでに戸口に立っておられる」と諭します（ヤコブ書5:9・新共同訳）。「不平を言う」は「うめく」とも訳される言葉で、人間が地上で肉体をもって苦しんでいる状態を表す言葉でもあります（Ⅱコリント書5:2&4）。「戸口に立つ」とは「イエスの再臨が近い」という意味です（マタイ伝24:33参照）。ですから、いまだキリストを知らないユダヤ人（non MJ）に向かって、こう言っているかのようです。「キリストの再臨の望みを知らない人よ。日々、うめきあってはならない。さばきが始まる日が来ようとしている」。すでにキリストを知るユダヤ人（MJ）には、次のように聞こえたのかも知れません。「キリストの再臨の望みを知りながら、地上の苦しみに捕らわれていてはならない。正しいさばきをなさる方があなたがたのために来られようとしているのだから、間違ってもさばきを受ける立場になってはいけない」。では、キリストの再臨の希望を知って、いかに生きるべきか。

ヤコブは言います。「苦難と忍耐については、兄弟たち、主の御名によって語った預言者たちを模範にしなさい」。原語では、「苦難と忍耐の模範は主の御名によって語った預言者にある」と訳せます。この「預言者」には、旧約時代の預言者とともに、新約時代のステパノ（使徒伝7:54-60参照）やヨハネの兄弟ヤコブ（使徒伝12:1-2）、迫害によって死んだ無名の聖徒たちも含まれるでしょう。「見なさい。耐え忍んだ人たちは幸いであると、私たちは考えます。あなたがたは、ヨブの忍耐のことを聞いています。また、主が彼になさったことの結末を見たのです。主は慈愛に富み、あわれみに満ちておられる方だということです」。耐え忍んだ人たちは幸いです。イエスも言っているではありませんか。「義のために迫害されている者は幸いです。天の御国はその人のものだからです。わたしのために、ののしられたり、迫害されたり、また、ありもしないことで悪口雑言を言われたりするとき、あなたがたは幸いです」（マタイ伝5:10-11）。何よりも「ヨブの忍耐」をあなたがたは知っているではないか、聞いているではないか。そして「主が最後にどのようにしてくださったかを知っています」（新共同訳）。ここは、神がヨブを2倍に祝福された結末（ヨブ記42:10&12）を言っているかのようですが、もっと素晴らしいことが書かれています。ここにイエスの足跡があります。原文では「ヨブの忍耐を聞き、そして、主の終わり（＝最後、文語訳では「果て」；telos）を見た」となっています。キリストの最期を見たではないか、キリストの復活を見たではないか（見ずしてキリストを信ずるようになったユダヤ人には「信じたではないか」）と言われます。ここに、神の子イエス・キリストの福音における最重要事実、十字架と復活とが示されています。「キリストはすべて信ずる者の義とせられん為に律法（おきて）の終（をはり；telos）となり給へり」（ローマ書10:4）。telos は目的・目標という意味もあります。キリストは律法を廃棄するためではなく、十字架の苦しみを通して、成就するために来られたのです（マタイ伝5:17参照）。イエス・キリストは慈愛に富み、憐れみに満ちているのです。

さて、イエスの足跡を尋ねつつヤコブ書を読んできた旅も、ついに最終回を迎えました。最終回のテーマは、ずばり「祈り」です。その主題は、ヤコブ書5:12に言い尽くされているのかも知れません。「私の兄弟たちよ。何よりもまず、誓わないようにしなさい。天をさしても地をさしても、そのほかの何をさしてもです。ただ、『はい。』を『はい。』、『いいえ。』を『いいえ。』としなさい。それは、あなたがたが、さばきに会わないためです」。これは、マタイ伝5:33-37でイエスが語っておられることと一致します。では、なぜ「誓う」と「さばきにあわなければならない」のでしょうか？。誓いというのは、人間の側から神に願いを申し出るときに、その人の大切なものを何らかのかたちでささげることですね。物断ちというのは日本でもよく行われていますが、旧約聖書の中にも登場します（民数記30:2-15参照）。また、旧約聖書で最も悲惨な誓いをしたのは士師記時代のエフタでした。彼は、イスラエルを救うための戦いを前にして、勝利して帰還したならば、最初に迎えに来る人を、なんと全焼のいけにえ（つまり人身御供）にしますと誓いました。しかし、エフタの勝利を真っ先に迎えたのは、ただひとりの愛娘だったのです（士師記11:29-40）。福音書では、イエスご自身が「神に対する供え物（コルバン）とされた物は、たとえ父母のためであっても用いることができない」という言い伝えの偽善を責めています（マルコ伝7:9-13）。このように見てくると、「誓い」は人間の側に initiative を認めるもので、得てして人間の側の我が儘勝手を許してしまうものであることがお分かりになるでしょう。たとえ「大学入試に合格させてください。合格したら感謝献金として100万円を教会にささげます」と祈り、合格して、喜色満面で100万円をささげたとしても、神は問われます。「あなたはこの100万円を惜しいと思ってはいないか？」。神は人間の申し出た代償を必要としない方です。「わたしは誠実を喜ぶが、いけにえは喜ばない。全焼のいけにえより、むしろ神を知ることを喜ぶ」（ホセア書6:6。マタイ伝9:13&12:7参照）。では、どうすればよいか。神を知ることです。神が必要とされるとき、yes と言い、神が禁じられるとき、no と言うのです。

ヤコブ書5:13-14は、この原則の実践といえるでしょう。「苦しんでいるなら、神に祈り、答えを求めなさい。もしもその苦難の中でも『元気でいられる』のなら、神に感謝の歌を歌いなさい。病気ならば、教会の長老によってオリーブ油を塗ってもらい、回復のために祈ってもらいなさい。主の御名によって」。そうです。十字架の死によって律法を完全に成就し、神の力により復活されたイエス・キリストに根拠があります。「信仰に基づく祈りは、病人を救い、主がその人を起き上がらせてくださいます。その人が罪を犯したのであれば、主が赦してくださいます」（ヤコブ書5:15・新共同訳）。この「病気」は「死に至る病」です。そして、「起き上がらせてくださる」とは「復活させてくださる」という意味でもあります。さらに罪を赦してくださる。まさに、イエスがキリスト＝メシア（救い主）であることを宣言しています。イエスの祈りこそが、紛れもなき信仰の祈りです。そして、キリストの信仰の祈りの中にあって、互いに罪を告白し、互いに赦し合い、また、互いに祈りなさいと勧められています（ヤコブ書5:16a）。そこに癒しがあります。肉体の癒しのみならず、心の癒し、人間関係の癒し、そして、何よりも神との関係の癒しが、ここにあります。「義人の祈りは働くと、大きな力があります」（ヤコブ書5:16b）。文語訳では、「正しき人の祈（いのり）ははたらきて大（おほい）なる力あり」と訳されています。この「義人＝正しき人」もまたイエス・キリストです。

ここで、突然に旧約時代の大預言者エリヤが登場します。「エリヤは、私たちと同じような人でしたが、雨が降らないように祈ると、三年六か月の間、地に雨が降りませんでした。そして、再び祈ると、天は雨を降らせ、地はその実を実らせました」（ヤコブ書5:17-18）。3年6ヶ月の飢饉はⅠ列王記17章・18章に記録されていますが、実は「エリヤが祈った」とは書いてありません。むしろ、神の言葉があった（Ⅰ列王記17:2&18:1参照）。つまりエリヤは神の言葉を取り次いだだけでした。「はい」は「はい」、「いいえ」は「いいえ」と神の言葉に忠実でありました。だから、私たち人間も、神の言葉に忠実であれば、このように大きな奇跡が起きる、と言っているのでしょうか？。ある面では、そうでしょう。しかし、神が起こされる奇跡を人間の intiative にかからせる読み方には違和感を感じます。人間も神の言葉に忠実であれば奇跡を起こすことができる、というわけではない。いや、もっと素晴らしいことが書かれているのではないでしょうか。最終回ですので、思い切った読み方を披露してみます。エリヤという名前は、「エリ＝神」＋「ヤ＝主」、すなわち「神＝主」「主＝神」、「神こそ主」「主こそ神」という意味です。ヤコブ書5:16b-17aに「神こそ主」をあてはめて読んでみましょう。「義人の祈りは働くと、大きな力があります。『神こそ主（主こそ神）』は、私たちと同じような人でした」。ナザレのイエスという人間がメシア＝キリストであることを明らかにしていると読むことはできないでしょうか。そうです。トマスが復活のイエスに言った言葉、「私の主。私の神」と同じ意味です（ヨハネ伝20:28参照）。しかも、このエリヤの記事をヤコブ書5:7との関係で読むとき、「今は乾期（＝苦難の時）ではあるが、後（春）の雨を降らし、その結果、地に実りを与えるのは、神の言葉、つまり、キリストの祈りによるのだよ。だから、兄弟たち、耐え忍びなさい」と言っているように読むこともできます。

いよいよ結びの言葉です。「私の兄弟たち。あなたがたのうちに、真理から迷い出た者がいて、だれかがその人を連れ戻すようなことがあれば、罪人を迷いの道から引き戻す者は、罪人のたましいを死から救い出し、また、多くの罪をおおうのだということを、あなたがたは知っていなさい」（ヤコブ書5:19-20）。結びの言葉としては、あまりにも「尻切れトンボ」であると言われています。しかし、これこそ、繰り返し繰り返しヤコブが語ってきたイエス・キリストの姿です。イエスが私たちの、そしてあなたがたの罪の蔽（おお）いとなってくださることを示す結びの言葉です。ヤコブ書にイエスの足跡を認める人にとっては、そのことを疑うことができないでしょう。この結びの言葉は、すでにイエスをキリスト（＝メシヤ）として信じる者（MJ）が、いまだイエスを刑死した、ただの人として、信じない人(non MJ)を見下すために書かれているわけではありません。むしろ、彼ら non MJ を救いに招くために書かれています。現代のユダヤ人伝道にとって、このヤコブ書は非常に大きな意味をもっているものと確信します。いや、それどころではない。「金持ち（経済大国）日本」に住む同胞に対しても、ヤコブと同じメッセージを語ることはできないでしょうか。今年度のヤコブ書聖研における「収穫」は以上です。新年度の聖研では、どんな祝福、収穫が待っているのでしょうか？。愛する主イエス・キリストに期待しつつ、このシリーズを終えることに致しましょう。

ヤコブ書の学びを終えた某有志2人（1人は私です）が、2001年6月初頭に行われた、ある宣教団体のセミナーに参加しました。講師は A.F.博士で、まさに messianic Jew です。ヤコブ書のもつ意味をユダヤの視点からどのように評価されるのかを聞くつもりでしたが、時間の関係、こちらの不十分な英語力、そして何よりも、質問の切り口を間違ったために、玄関先で立ち話をして終わったような感じのする、何とももったいない幕切れとなりました。でも、そこで博士より指摘されたことから始めて、もう一度ヤコブ書を検討し、また、セミナー全体を貫く（神様の）思想を味わうときに、沸々と御言葉の素晴らしさが湧き上がってきました。

指摘は、こうです。「この手紙はユダヤ人の会堂に送られてはいない。この時期には、ユダヤ教と、キリストを信じる messianic Jew との亀裂は明らかであり、この手紙は、ユダヤ以外の国に散った messianic Jew に対して書かれたものだ。傍証は、キリストを呪う、ナザレ派を批判する祈祷文が使われていたことだ」。第1の質問を選んだ私の目論見は見事に潰えました。そして、次に切り込めなかったのです。そして、諦めてしまったのです（情けない！、残念！）。後で調べてみますと、ヤコブ書の著作年代については、大別して、紀元後40年代とする説と60年代とする説があります。おそらく、博士は60年代説を採るかも知れません。とすると、たしかに「神と主イエス・キリストのしもべヤコブ」（ヤコブ書1:1）で始まる手紙が会堂に宛てられていたとすることはできないでしょう。つまり、聖研のイロハ：ニやチのようなことはありえなくなります。では、昨年度のヤコブ聖研は論理や解釈をただ弄んでいただけなのでしょうか。「私の兄弟たち。あなたがたのうちに、真理から迷い出た者がいて、だれかがその人を連れ戻すようなことがあれば、罪人を迷いの道から引き戻す者は、罪人のたましいを死から救い出し、また、多くの罪をおおうのだということを、あなたがたは知っていなさい」（ヤコブ書5:19-20）。この前段に、同胞ユダヤ人たちにキリストを証しなさいという、messianic Jew に対するヤコブの勧めが記されているとしたならばどうでしょう（先ほどの指摘も、このことを否定するものではなさそうでした）。たとえ会堂で読まれなくても、ヤコブ書がイエス・キリストを内蔵しつつ、福音書やパウロ書簡と同じように働いたと考えることも、十分にできることです。

さらに、もしヤコブの手紙が40年代に書かれていたとすれば、パウロの伝道旅行はまだ行われていませんでした。当然、異邦人教会をどのように処遇するかで紛糾したエルサレム会議（49 or 50?；使徒伝15章）も開かれてはいません。何よりも、パウロは、3度の伝道旅行において、"for the Jew first"（「まずユダヤ人に」（ローマ書1:16参照）。このセミナーの最も言いたいことはこの点であると言っても過言ではありません）という宣教の大原則に則り、行く先々の町々のユダヤ人の会堂（使徒伝13:5&16:13）でイエスがキリストであることを宣言しました。ヤコブの手紙が会堂で読まれたこともありえない話ではありません。しかし、会堂で読まれたかどうか、執筆年代が40年代か60年代かということが重要ではありません。「"For the Jew first" の大原則から言えば、ヤコブの手紙も（表だってはそうしなくても）、messianic Jew だけに宛てられたものではなく、non messianic Jew にも宛てられているはずだ」と有志の一人が言いました。昨年度のヤコブ聖研に与えられた祝福は揺るぎません。と同時に、聖書という真理の井戸は、なおも深い。一個人、一聖書研究会が神の真理をつかむことなど至難の業です。ただ、神がご計画をもって、ご計画の時に、聖研に集っているひとりひとりに、御言葉の真理を解き明かしてくださるのです。御言葉を学び続ける励ましを与えられた幸いなる週末のひとときでした。